個人事業主が会社を設立することを「法人成り」と言います。法人成りをすると、個人とは別に「法人」という別の人格が生まれ、固有の権利と義務が発生することになります。個人事業主でも会社の社長でも、その事業の実質的なオーナーであることに変わりはありません。しかし、法人成りすることで、個人事業主にはないメリットもあります。今回は、個人事業主が法人成りした場合のメリットについてご紹介したいと思います。

1 税制面でのメリット

法人には、個人事業主では受けることのできない様々なメリットがあります。そのメリットの中でも、特に関心が高いのは税金の節税効果についてではないでしょうか。個人の所得が対象である所得税率は年々上がっていき、法人の所得が対象である法人税率は年々下がっている傾向にあります。そして、それだけではなく、法人でしか適用できない優遇制度などもあります。ここでは、個人事業主と法人の税制面での扱いの違いについてご紹介したいと思います。

 

1-1 給与所得控除による節税効果

個人事業主の収入は、事業の売上になります。この売上から必要経費を差し引いた残りが事業所得となり、この事業所得に対して所得税がかかることになります。一方、法人化した場合には、社長も会社から給与(役員報酬)をもらうようになります。給与所得者は、個人事業主のように必要経費を差し引くことが認められない代わりに、「給与所得控除」という制度により、収入の一定の割合を所得から差し引くことができ、その差し引いた残りに所得税がかかることになります。この、「給与所得控除」の分だけ、法人成りしている方が有利になります。

どういうことかというと、法人成りしている社長の場合には、事業に必要な経費は会社の収入から差し引くことができ、さらに、給与として受け取った収入からは「給与所得控除」により給与のうち一定の割合を差し引くことができるということになります。

例えば、売上が1,000万円、必要経費が400万円であった場合で比較してみましょう。細かな条件については省略しますが、個人事業主の場合、売上1,000万円-経費400万円=事業所得600万円となり、ここにかかる税金は、所得税70万円+住民税57万円+個人事業税16万円=約143万円になります。それに対して、法人成りしている場合には、法人の所得は、売上1,000万円-経費400万円-給与600万円=0円、社長個人の所得は、給与600万円-給与所得控除174万円=426万円となります。それぞれにかかる税金は、法人は住民税の均等割り7万円のみ、社長個人には所得税35万円+住民税40万円=約75万円となり、合計で約82万円になります。つまり、個人事業主と法人成りした社長とでは、納税額にトータルで約61万円の差が生じることになります。

ここで注意しなければならないのは、社長の給与、すなわち役員報酬は自由に変更できないという点になります。役員報酬の支給には定期同額給与、事前確定届出給与など一定のルールが定められており、事業年度の途中で増やしたり減らしたりしてしまうと、法人税法上の損金として認められないことになってしまいます。役員報酬の金額については、計画的に設定する必要があります。

 

1-2 配偶者控除·扶養控除と親族への給与

給与所得者の所得税の計算では、収入金額から給与所得控除を差し引いた所得金額を求めます。そこから、社会保険料や生命保険料、配偶者や扶養家族の人数に応じた控除額を差し引いて課税所得を計算し、この課税所得をもとに所得税額を計算します。

配偶者控除や扶養控除の対象となるのは、納税者と生活を同じにしていて、収入が150万円以下の配偶者と、収入が103万円以下の扶養家族になります。また、収入が150万円を超え201万円以下の配偶者については、配偶者特別控除の適用を受けることができます。

この配偶者控除や扶養控除ですが、個人事業主と一緒に事業を営んでいる青色専従者で、その年に一度でも給与をもらった人や、白色申告の専従者の人は、収入の金額に関係なく、配偶者控除や扶養控除の適用を受けることができません。これは、個人事業主の大きなデメリットになっています。一方で、法人成りしている場合には、配偶者や扶養家族が会社の従業員として給与をもらった場合でも、収入の金額が条件を満たしていれば、配偶者控除や扶養控除の対象になります。そのため、家族で事業を営んでいる場合には、個人事業主よりも法人の方がかなり有利であると言うことができます。

青色申告をしている個人事業主が親族に給与を払う場合には、青色事業専従者給与に関する届出書を税務署に提出することになります。この届出書には専従者に支払う給与の金額の記載があり、その金額を上回る額の給与を支払った場合には必要経費として認められません。それに対して法人はこのような届け出は必要ありません。そのため、従業員である親族の給与を増やしたり、賞与を支給してもすべて経費として処理することができます。個人事業主に比べて法人の方が、親族への給与を経費計上することについて自由度が高いのです。

 

1-3 法人成りによる消費税の納税義務免除

法人成りには、消費税が免除されるというメリットがあります。消費税は、基準期間の売上高が1,000万円を超える場合には納税義務がありますが、1,000万円以下であれば納税義務が免除されます。この基準期間は、前々事業年度とされているため、会社設立後の第1期目と第2期目については基準期間がないため、資本金の額が1,000万円未満の法人であれば自ずと免除されることになります。ただし、第2期については、第1期の半年間の売上または給与支払額が1,000万円を超える場合には、例外で納税義務が生じることになります。

もし、法人成りする前の個人事業主としての売上が1,000万円を超えている場合であっても、法人成りした場合にはその法人と個人事業主は別のものとして考えられるため、課税事業者の対象にはなりません。この法人成りにより消費税が免除されるメリットは大きいので、ぜひ活用したいところです。

 

1-4 青色欠損金の繰越·繰戻し還付の扱いの違い

個人事業主の会計期間は、1月1日から12月31日になります。会社の場合には、会計期間を自由に決められることになっており、決算日を基準にして1年間が会計期間になります。この会計期間の間に発生した収益から費用を差し引いた利益に対して、個人事業主なら所得税、会社なら法人税がかかることになります。

しかし、事業は上手くいくときもあれば、そうではないときもあります。前期は赤字でしたが、今期は黒字になるということもあります。そのような場合に、たまたま1年間の業績が黒字であったということで課税されてしまうと、過去の赤字部分を補填するのにより多くの収益をあげなければなりません。

このような、会計期間ごとの不公平をなくすための制度として、青色欠損金の繰越控除という制度があります。この制度は、青色申告をしている事業者が赤字となってしまった場合に、その赤字を翌年以降に繰り越すことができ、利益が出たときにその繰り越した赤字と相殺することができるという制度になります。この、赤字を繰り越すことができる期間が、個人事業主の場合には3年間になりますが、法人の場合には9年間に渡って繰り越すことができるのです。そのため、資本を投下して収益として回収するまでの期間を、法人の場合には長期的なスパンで見ることができるようになります。ちなみに、この青色欠損金の繰越控除は、国税と地方税の両方に適用することができます。

また、先ほどの例とは逆に、前期は黒字でしたが今期は赤字になってしまうというケースもあります。この場合には、赤字になってしまった年に、前年の黒字に対して課された税金を取りもどすことができる、青色欠損金の繰戻し還付という制度もあります。この、青色欠損金の繰戻し還付は、個人事業主では適用できず法人のみが利用できる制度になっています。この制度もまた、法人成りした場合にのみ受けることができるメリットの1つになっています。なお、この制度は青色欠損金の繰越控除と違い、法人税のみが対象で地方税には適用されません。

2 経費面でのメリット

 

2-1 自宅の家賃を社宅家賃として経費処理できる

個人事業主は、業務に必要な支出を経費として収益から差し引くことができます。例えば、自宅を自宅兼事務所として利用しているような場合には、自宅にかかっている家賃のうち業務に使用している分を按分計算して経費にすることができます。家賃を按分計算する際には、一般的に面積比で按分することが多いです。しかし、事務所として使用している部分はパソコンを使用しているデスク周りと書類を保管しているスペースくらいしかないため、必要経費として認められるのはほんの一部分になってしまうということも少なくありません。

この考え方は、法人でも同じになります。しかし、法人の場合には発想を転換させることで経費に算入できる金額を増やすことができます。それは、法人契約で住居を借り上げ、社宅として社長に貸すのです。そうすることで、家賃のうち住居部分の約50%を経費として処理することができるのです。

具体的な数字で確認してみたいと思います。例として、家賃20万円の自宅のうち20%を事業用として使用しているとします。個人事業主の場合には、20万円×20%=4万円が経費として算入されることになります。これに対して、法人の場合には事業使用部分の4万円に加え、住居部分の50%にあたる(20万円-4万円)×50%=8万円を合わせた12万円を経費として処理することができるのです。この差はかなり大きいと思います。ただし、世間の相場に比べて条件の良い物件の場合には、会社から経済的な利益を受けたものとみなされ現物給与として認定されてしまうこともあるので注意が必要です。

 

2-2 社内規定を作成することで経費の枠を増やせる

法人の場合には、就業規則や社内ルールを整備することで経費の枠を増やすことができます。支出があった場合に、それを経費として処理するためには証拠が必要になります。この証拠は、一般的には領収書になるのですが、社内規定を作ることで領収書のない支出についても経費として処理できるようになるものがあります。

代表的なもののひとつが出張手当です。業務を行っていくうえで、国内外を問わず出張をする必要が出てくることがあると思います。例えば、業務で東京から大阪へ行く必要が出てきたとします。新幹線で大阪へ行き、仕事をしてホテルに泊まり1泊して帰ってきた際には、大阪までの往復の交通費とホテルの宿泊代は経費になります。ここまでは、個人事業主でも法人でも同じになります。

しかし、法人の場合には、「旅費規程」を作成しておくことで規定に定められた金額を出張手当として出すことができます。この出張手当は会社のとして処理でき、また、受け取った個人も所得税が課されない非課税の収入とすることができるのです。

また、身内の冠婚葬祭にかかった費用も同様です。身内の結婚祝いや出産祝い、見舞金、弔慰金といった支出は、個人事業主の場合には個人のプライベートな支出として扱われ、業務の必要経費とは認められません。しかし、法人の場合には、「慶弔規定」を作成しておくことで、規定に定めた慶弔金の支払を経費として扱うことが可能になります。

 

2-3 自動車の購入費用をすべて経費にできる

個人事業主は、経費の計算をするときに、事業に使用している部分と事業以外のプライベートで使用している部分の割合を算出し、案分計算をしなければなりません。先にご紹介した家賃の話でもそうでしたが、自宅を自宅兼事業所として使用しているような場合には、水道代や電気代のような水道光熱費やインターネット、電話などの通信費といった事業とプライベートで共通して使用しているものが、案分計算の対象になります。

自動車の購入についても、同様に案分計算が必要になります。例えば、200万円の自動車を購入し、事業用として50%、プライベートで50%の割合で使用するとしたら、200万円×50%=100万円が必要経費として計上されることになります。ちなみに、その自動車にかかるガソリン代も案分することになります。

一方で会社の場合には、購入した自動車の代金は、すべて経費とすることができます。なぜなら、会社で購入するものはすべて事業に必要なものであるということが前提になっており、プライベートで使用することは想定されていないからです。もし仮にプライベートで会社の自動車を使用したとしても、常識の範囲内であれば問題なく全額経費として認められます。もちろん、その車の使用にかかるガソリン代もすべて経費に算入できることになります。

なお、自動車は固定資産にあたりますので、購入した代金がそのまま一時に経費として計上されるわけではなく、減価償却を通じて数年に渡って費用処理されます。新車の場合だと、小型車は4年、大型車は5年、それ以外の車は6年、中古車になるとそれよりももう少し短い期間で減価償却することになります。

 

2-4 生命保険料を経費に計上できる

個人事業主の中には、いざというときに備えて生命保険に加入している人も多いと思います。事業を継続していくうえで、後継者の負担を減らすためや、将来的に事業の借入金などの返済にあてることを目的としていることもあるでしょう。しかし、このように事業のために加入している生命保険であっても、親族が受取人になっている場合には、保険料は経費にすることはできません。

保険料は、所得税を計算する際に生命保険料控除という形で所得控除を受けることができますが、その金額は最大で12万円しかないため、節税メリットの薄いコストになってしまいます。また、万が一の際には死亡保険金は相続税の課税対象となるため、多くの税金を支払わなければならなくなってしまう可能性もあります。

会社の場合には、保険の種類にもよりますが、会社の経営者や従業員を被保険者とした保険でも、保険料の全部または一部を経費として計上することができます。また、保険金の受取人を会社にしておくことで、万が一の際に死亡保険金を受け取った場合でも、保険金に相当する金額を死亡退職金として遺族へ支給することで、遺族への保障は保たれます。また、会社としては死亡保険金による収入が計上されることになりますが、死亡退職金という経費と相殺されますので、そこに法人税がかかるということもありません。

 

2-5 本人や家族の退職金を経費にできる

給与には給与所得控除という制度がありますが、退職金にも退職所得控除という制度があります。退職金控除の金額は、80万円未満の場合は全額を控除できます。また、勤続年数が20年以下の場合は40万円に勤続年数を掛けた金額を控除することができ、20年を超えると、さらに超えた年数に70万円を掛けた金額を控除することができます。

つまり、20年間務めた場合で40万円×20年=800万円、30年務めた場合には800万円+70万円×10年=1,500万円までは、退職金を支給したとしても所得税がかからないのです。これは、明らかに給与所得控除よりも有利ですので、毎月の給与の金額を減らしてでも、その分を退職金の支給に備えて積み立てておく方が税金の支払いを少なくすることができるということになります。

この節税メリットが大きい退職金ですが、個人事業主の場合には認められていません。そもそも個人事業主である本人については給与という考え方がないので当然のことですが、一緒に働いてきた専従者への退職金も経費とは認められないのです。このデメリットは、やはり法人成りすることで解消されます。退職金が経費として認められるのは、社長である本人だけでなく、従業員である家族へ支給した場合も同様です。

退職金の支給に備えて、生命保険や経営セーフティ共済などを利用することで、外部に資産を確保することができます。これらを解約すると解約金が会社に入り臨時収入となるため利益が増え、多額の法人税がかかってしまう恐れがあります。生命保険や経営セーフティ共済を活用する際には、事前に計画を立てておくことが重要になります。つまり、生命保険や経営セーフティ共済の解約時期と、従業員である家族の退職時期を合わせることで、臨時的に利益が発生してしまうことを防ぐことができます。解約金という会社の収益と、退職金という会社の経費を相殺することで、会社に高い法人税がかかることなく、さらに退職金を受け取った家族も退職給与控除により所得税がかからずに済むのです。

 

2-6 経営セーフティ共済を最大限に活用できる

中小企業向けの国の共済制度に、経営セーフティ共済と小規模企業共済というものがあります。経営セーフティ共済は、取引先が倒産したときに無担保、無保証人、未利子で借り入れができる制度になります。また、小規模企業共済は、経営者自身の退職金制度になります。これらの制度は、個人事業主でも法人でもどちらでも利用でき、支払時には節税効果があり、原則としてお金が減らずに戻ってくる共済制度です。

経営セーフティ共済は、毎月掛金を支払って、掛金が総額800万円になるまで積み立てることができます。この掛金は個人事業主でも法人でも、全額を経費で処理することができます。小規模企業共済もまた毎月掛金を支払って積み立てるのですが、こちらは掛金の全額を小規模企業共済等掛金控除として、個人の所得から差し引くことができます。

この2つの共済制度の違いは解約したときの扱いにあります。小規模事業共済は、個人事業主でも会社の経営者でも所得になりますが、公的年金の雑所得もしくは退職所得に該当するため、税金の安い所得として扱われます。しかし、経営セーフティ共済の場合には、解約して積立金が返ってくる場合、個人事業主でも法人でも収入になり、本業の利益と合算して課税の対象になってしまいます。ここで、個人事業主と法人とで差が生じます。

個人事業主の場合には、経営セーフティ共済の解約時の収入はそのまま所得税が課されてしまいますが、法人の場合には、その収入と同じだけの退職金を支給することで、収入と経費が相殺され利益を抑えることができます。また、退職所得は税金の安い収入であるため節税のメリットを享受することができます。経営セーフティ共済の活用を考えた場合でも、やはり法人の方が有利ということになります。

3 その他のメリット

ここまで、税制面や経費面といった、法人成りすることによる数字の面でのメリットを見てきました。しかし、法人成りすることのメリットは、こういった数字の面だけではなく、様々な面から事業を進めていくうえでのメリットが考えられます。

3-1 相手の信用を得られる

法人成りすることのメリットに、信用を得られるということがあります。一般的に個人事業主よりも会社の方が信用を得やすい傾向にあります。会社が信用を得やすい理由の1つに登記されているということがあります。登記されていれば、会社の重要事項を誰でも見たいときに見ることができます。居場所が分からないということはもちろんありませんし、責任者が誰で、どのような商売をしているのかというのが、登記事項を見ればすぐに分かるのです。また、自己資金を資本金として会社を設立するということで、商売に真剣に取り組んでいるという姿勢も相手に伝わりやすいです。

もともと、付き合いの長い相手なら、それまでに培ってきた実績があるので信用を得られていますが、初めて仕事をする相手となると、信用を得るのはなかなか難しいと思います。相手は、こちらをどのくらい信用できるのかというのを見極めてからでないと取引には繋がりません。また、大企業の中には、個人事業主とは仕事をしないというところもあります。これまでの実績があったとしても、個人事業主だからという理由で断られてしまうという話も聞きます。法人成りすることで、個人事業主よりも商売をスムースに進めることができるケースもあるのです。

 

3-2 決算日を自由に決めることができる

個人事業主の会計期間は、毎年1月1日から12月31日と定められていますが、会社の場合には、会計期間を自由に設定することができます。一般的に3月31日を決算日としている会社が多いため、会社の決算は3月だと決まっているように思っている方もいますが、実際には決算は何月でも大丈夫ですし、日にちも末日でなくてもかまいません。会社のルールを定める定款で任意の日を決算日と定めれば、その日が決算日になります。例えば、8月20日のような中途半端な日を決算日とすることも可能です。

業種にもよりますが、多くの事業は2月と8月は閑散期となり、売上が落ち込みます。また、逆に年度末の3月や、新生活が始まる4月、年末商戦にあたる12月は売上がピークを迎えるという会社も多いでしょう。このように、事業を行っていると一年の中でも売上の多い時期と少ない時期があることがほとんどです。そして、それに伴い忙しい時期と手が空く時期とがあります。

このような繁忙期と閑散期を考慮して、決算日を決めることができるのが法人のメリットになります。決算業務は手間と時間がかかりますから、決算時期が事業の閑散期になるように決算日を設定したり、または、どの時期が過ぎれば1年間の経営の見通しが見えてくるかを考慮して決算日を決めることもできるのです。

 

3-3 個人の財産を守ることができる

事業を行っていくうえでは、仕入代金や外注費用、従業員の給与、借入金の返済など、さまざまな支払の義務が生じてきます。事業が順調にいっていればいいのですが、売上が低迷してくると資金繰りが苦しくなり、支払いが困難になってくるケースもあります。

そうしたときに、個人事業主の場合には、事業における負債は個人の負債となるため、プライベートで持っている資産を取り崩してでも返済をする義務があります。しかし、会社の場合には、法人と個人とでは別の人格として扱われます。会社の形態については次の章で詳しくご紹介しますが、株式会社や合同会社の場合、事業上の負債は会社が支払うものであり、経営者個人にはその責任は及びません。株式会社の株主についても同様で、出資した範囲内でのみ責任を負うことになっています。もし仮に会社が破産した場合でも、会社が負った債務に対して、個人に返済義務は生じません。つまり、法人成りした方が責任は軽く、リスクが小さいということになります。

 

3-4 事業承継の手続きの手間が少ない

事業主が死亡した場合にも、個人事業主の場合には不都合が多いです。個人事業主が死亡した場合には、まず銀行口座が凍結されることになります。つまり、事業主の財産分与が確定するまでは、事業に使用していた預金口座から現金が引き出せなくなってしまうということになります。個人事業主が死亡した時点で取引先への支払いが残っていたとしても、事業用の口座からは支払いができないのです。また、遺族が事業を引き継ぐことになった場合には、事業主が変わることになりますから、それまでの契約を引き継いだ遺族の名前で契約しなおさなければなりません。

これに対して会社の場合には、法人と個人は別の人格であるため、会社の経営者が死亡した場合でも会社の銀行口座が凍結されることはありません。そのため、得意先からの入金や仕入先への支払いが滞ってしまうという事態を逃れることができます。事業の引継ぎについても、後継者を決定し、登記を変更するだけで、取引先との契約を新たに結び直すといった手続きは不要になります。つまり、法人成りしていれば、経営者が死亡した場合でも個人事業主に比べて事業に与える影響は少なく、スムースに事業を承継することができるのです。

 

3-5 助成金の選択肢の幅が広がる

国や地方自治体では、雇用の安定や地域の活性化、中小企業の支援などを目的として、いろいろな種類の助成金制度が設けられています。助成金は、補助金とも呼ばれており、一定の要件を満たすことで国や地方自治体から支給される返済不要なお金になります。こういった助成金の制度は、最大限に活用したいところです。

助成金は、基本的に個人事業主でも会社でもどちらでも利用できます。とくに、雇用に関する助成金については、個人事業主と会社のどちらでも利用できるものがほとんどです。しかし、助成金の種類によっては、社会保険に加入していることが要件になっているものも少なくありません。

個人事業主の社会保険は、従業員数が5人未満の場合には任意加入となっています。社会保険料による負担は小さくありませんから、未加入としているところも少なくありません。しかし、会社の場合には、社会保険への加入は人数にかかわらず強制加入になります。そのため、自ずと助成金の選択肢の幅が広がることになります。

助成金は種類が多く、活用できていない会社も多いようです。助成金について調べるのもひと苦労ですから、専門家である社会保険労務士に依頼するというのもひとつの方法です。社会保険労務士に支払う報酬以上のものが、助成金として返ってくる可能性が高いので、本業以外に手が回らないということであれば、プロを活用するのもいいかと思います。

 

3-6 優秀な人材を確保しやすい

経営が順調に進み、事業の拡大を図ろうとしたときには従業員を増やすことを考えると思います。その際の従業員募集でも、個人事業主と会社とでは差があるようです。特に今日では安定志向が強まっており、個人事業主の下で働くよりも、低収入であったとしても会社の正社員として働きたいと考えている人が多くなっています。

求職者から見た個人事業主と会社との違いは、まず社会保険にあります。前項のお話でも出てきましたが、個人事業主の場合、従業員数が5人未満であれば社会保険は任意加入となっており、加入していないケースもよくあります。求職者の視点で考えてみても、事実とは異なりますが、社会保険は会社にしかないというイメージが強いため、安定性を考えると個人事業主の下で働くという選択は優先度が低くなりがちです。

また、福利厚生や有給休暇、残業手当といった制度についても、個人事業主より会社の方がしっかりしているというイメージが強いです。もちろん、個人事業主でも、従業員の福利厚生制度などをしっかりと整備しているはいらっしゃいますが、求職者側から見るとどうしても「個人」というイメージが先行してしまうため、会社の方を選択する傾向にあります。

これらのような理由から、同じような内容の従業員募集であったとしても、個人事業主と会社とでは、応募してくる人の数が違ってきます。会社の方が、応募者の人数が多いわけですから、それだけ優秀な人材を採用しやすいということができます。

4 会社の形態

法人成りのメリットを考え法人化することにした場合には、はじめに設立する会社の形態を決めなければなりません。会社設立の形態には株式会社、合同会社、合名会社、合資会社の4つがあります。なお、有限会社は会社法の改正により現在は設立できなくなっており、改正前から存在している有限会社が特例有限会社として残っているだけになります。

ここでは、それぞれの会社形態による特徴やメリット·デメリットについてご紹介したいと思います。自身が事業を行っていくうえで、どの形態の会社が合っているのかを検討する際の参考にしてください。

 

4-1 株式会社と持分会社の違い

会社の形態は、大きく分けて株式会社と持分会社(合同会社、合名会社、合資会社)の2つに分けられます。

株式会社は、株式を発行して出資者を募り、投資家から資金を調達する会社になります。経営者は、投資家から預かった資金をもとに事業を管理、運営し、利益を生み出していくことになります。つまり、株式会社の場合には、出資者と経営者が異なります。事業が順調にいけば株価は上昇し出資者の利益が増え、逆に事業成績が思わしくないと株価は下落し出資者に損失が出てしまうことになります。このように、株式会社は出資者と経営者が別の人であるというのが特徴になります。なお、経営者が自ら出資して株主になることも可能です。1人で事業を行っている個人事業主が株式会社を設立する場合には、こちらのケースの方が多いかもしれません。

それに対して持分会社は、出資者と経営者は同じになります。そのため、株式会社のように、会社の方針や意思決定を外部の株主の考えに左右されることなく、経営者が自ら決めていくことができます。また、持分会社は利益配分の方法についても株式会社とは異なります。株式会社の場合には、利益配分は出資比率によって決まりますが、持分会社は出資比率に関係なく、利益配分の比率を決めることができます。

また、株式会社と持分会社では、社員を増やす際の手続きが異なります。ここで言う「社員」というのは、会社に勤めている従業員のことではなく、会社法で定められている「出資者(株主)」のことを指します。会社を設立するときには、会社のルールを定めた定款を作成します。この定款には、株式会社の場合、発起人の名前と住所を記載するのですが、持分会社の場合には、すべての社員の名前と住所を記載する必要があります。つまり、社員(出資者)が増える場合には、持分会社においては定款を変更しなければならないということになります。なお、社員ではなく会社の従業員を入れる場合には、いずれの会社でも違いはありません。

 

4-2 有限責任社員と無限責任社員

社員(出資者)には、有限責任社員と無限責任社員があり、それぞれの存在により持分会社は合同会社、合名会社、合資会社の3つに分けられることになります。

株式会社…有限責任社員のみで構成(1人以上)
合同会社…有限責任社員のみで構成(1人以上)
合名会社…無限責任社員のみで構成(1人以上)
合資会社…有限責任社員と無限責任社員で構成(2人以上)

有限責任社員と無限責任社員の違いは、会社が倒産した場合の責任が有限であるか無限であるかというところにあります。会社が倒産するということは、債務超過の状態にあることがほとんどかと思います。その場合に、会社に融資していた銀行や、商品を納めていた仕入先などの債権者が被った損害に対して弁済する責任を、有限責任社員は自身が出資した金額の範囲内でしか責任を負いません。しかし、無限責任社員は、自身の出資額で弁済し切れなかった場合には、自身の個人財産を弁済にあてて全額を弁済する責任を負うことになります。

 

4-3 株式会社のメリット·デメリット

株式会社は、現在の日本においてもっとも数が多い法人の形態になります。以前は、資本金の最低額が1,000万円となっており、その資金が用意できない場合には最低資本金額300万円の有限会社を設立していました。しかし、現在では資本金の最低額の基準が撤廃され、資本金1円でも株式会社を設立することができるようになっています。

株式会社の一番のメリットは、企業としての信用度の高さです。上場企業から中小企業まで幅広く利用されている形態であり、社会的認知度の高さから信用を得やすいというところにあります。そのため、金融機関から融資を受ける際や、新規で取引を始めるときなど、他の形態の会社に比べて比較的ハードルが低いということが言えます。

その他のメリットとしては、一般の人からも出資を募ることができるため資金調達の幅が広い、出資者(株主)は有限責任であり、出資の範囲内でしか責任を負う必要がない、1人でも設立することが可能、出資金1円から設立することが可能などといったメリットが挙げられます。

逆に、株式会社のデメリットは、手続きの多さやコストがかかる点にあります。株式会社を設立するには登録免許税15万円、定款認証費用6万円、定款印紙代4万円など合わせて25万円前後を費用がかかります。会社の設立を司法書士などに依頼した場合には、さらに報酬がかかることになります。また、役員に任期があるため、任期を迎えると役員改選の登記が必要になり、その手続きとコストがかかることになります。さらに、決算広告の義務があるため、これにも手続きとコストが必要になります。

 

4-4 合同会社のメリット·デメリット

合同会社は、2006年の会社法改正により新たにできた会社形態になります。まだまだ聞きなれない形態ですが、西友やアマゾンジャパン、グーグルといった有名企業も実は合同会社です。合同会社は年々増えてきており、現在では会社全体の20%以上が合同会社となっています。

合同会社のメリットは、株式会社に比べて手続きやコストが少ない点にあります。まず、設立にかかる費用は、登録免許税6万円、定款印紙代4万円を合わせた10万円程度と株式会社の半分ほどで済みます。また、役員に任期はないため役員改選登記の手続きやコストがかかりません。決算広告の義務もないため、ランニングコストを低く抑えることができます。

その他のメリットとしては、出資者(社員)は有限責任であり、出資の範囲内でしか責任を負う必要がない、1人でも設立することが可能、出資者と経営者が同じであるため迅速な意思決定が可能、利益や権限の配分を自由に決めることができるといったことが挙げられます。

合同会社の一番のデメリットは認知度の低さにあります。株式会社にくらべると、まだまだ社会的に認知されていないため、新規の取引を始める際などには制限がかかる可能性があります。また、従業員を募集するときでも、やはり認知度の低さから人が集まりにくいということが考えられます。ただし、税制面での扱いは株式会社と同じですので、節税目的で法人成りする場合には、まずコストの低い合同会社を設立し、経営が軌道に乗ってから株式会社に組織変更するというのもひとつの方法です。

 

4-5 合名会社·合資会社のメリット·デメリット

先ほどご説明しましたが、合名会社は出資者(社員)が債権者に対して直接的に責任を負う無限責任社員だけで構成されている会社になります。一方、合資会社は無限責任社員と有限責任社員で構成されている会社になります。つまり、どちらの会社形態も、もし会社が倒産し多額の借金を負ってしまった場合には、その出資者(社員)が責任を負わなければならないというリスクがあります。会社法の改正により合同会社という会社形態が新しくできたため、近年ではリスクが大きい合名会社、合資会社をあえて選択することは少なくなってきています。

合名会社、合資会社のメリットは、株式会社や合同会社にくらべて手続きやコストが少なくて済むという点にあります。設立にかかる費用は、合同会社と同様ですが、設立の手続きは合同会社よりも簡単です。また、資本金の制度がないため出資は信用や労務、現物出資のみでもいいことになっています。

合同会社、合資会社のデメリットは、先にも述べましたが、無限責任社員で構成されているため、事業に失敗し多額の債務を負うことになってしまった場合には、その責任が出資者(社員)まで及び、個人で保有している資産にまで影響を及ぼす可能性があるという点にあります。また、合資会社については1人では設立できず、最低でも2人以上が必要ということもデメリットになります。

5 まとめ

個人事業主が法人化することで、様々なメリットが受けられることがお分かりいただけたかと思います。税金の面や金銭的な面でのメリットはもちろん、事業を行っていくうえでも有利な点が数多くあります。個人事業主の方は、法人化することを将来の計画のひとつとして組み込んでみてはいかがでしょうか。