会社を設立する際には、事業と会社の規模に応じて各種の印鑑類を準備しなければなりませんが、フリーランスの方や個人事業主についても、会社ほどの使用頻度はないとはいえ、印鑑が不要なわけではありません。今回、事業を進める上で必要となる印鑑につき、使用場面やその法的効果などを解説しながら、どのような印鑑がフリーランスや個人事業主の方に適しているかについて考察します。

1 フリーランスや個人事業主にも印鑑が必要な理由

フリーランスや個人事業主にも印鑑が必要な理由

「印章」は江戸時代にはすでに普及し始めていましたが、印鑑文化を形成する発端となったのは、明治6年に、「実印の押印がない公文書は裁判の際の証拠にならない」という太政官(注1)布告であり、その後印鑑登録制度が導入されて今日に至っています。しかし、印鑑文化と言われる所以は、この実印制度のみならず、認印や銀行印と言った、実取引での簡便性や特定性を備えた印章を併用すると言う機能性にあり、これが「サイン」文化との乖離を大きくしていると言えます。

1-1 印鑑にまつわる言葉の定義と機能

印鑑は、一般的には「ハンコ」と呼ばれることも多く、同義語として扱われていますが、厳密には異なるものです。「印鑑」とは、あらかじめ役所などに届出された「印影(実務上は登録した実印の印影)」を指しており、印影とは、ハンコに朱肉等をつけて押印した跡を言います。また、印鑑は、「印章」というのが正式な呼び名ですが、呼称そのものは実務上何らの影響を受けるものではありませんので、この記事においては、解説の都合上「印鑑」と称して進めますのでご留意ください。なお、念のため言葉を整理すると次のようになります。

(表1-1)言葉の定義

区分 定義・意味
印章 一般的に、「印鑑」や「ハンコ」と呼ばれるものです。
印影 印鑑を押印した跡。実印の印影は印鑑証明となり、銀行の届出印は登録され、取引時に照合されます。
印鑑 市区町村に登録した実印、銀行に登録した届出印をいいます。

(注1)太政官布告
太政官は、明治前期の最高官庁で、現在の内閣の前身です。太政官から発出された布告は、実質的な法令としての性格を備えます。

1-2 印鑑使用の法律上の効果

このような印鑑文化が強く表れているのが、「行政手続き」での印鑑使用です。印鑑証明が必要な行政手続きは100を超えると言われ、近年、電子証明書制度を浸透させようとしているものの思ったほど普及していません。これらの行政手続きにおいて、押印した文書が証拠となることについての根拠は、法令に求めることができます。この法令による根拠は、行政手続きのみならず広く取引行為全般に影響を与えています。ここで法令とは、民事訴訟法と判例を指しており、その内容は次のとおりです。

民事訴訟法第228条第1項は、「文書は、その成立が真正であることを証明しなければならない」とし、同条第4項において、「私文書は、本人またはその代理人の署名または押印があるときは、真正に成立したものと推定する。」と規定しています。また、最高裁は、「文書中の印影が本人または代理人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、その印章は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当(最判昭和39年5月12日)」との判断を示し、判例も印章の押印による文書の真正性を認めています。

話しが硬くなって恐縮ですが、民事訴訟において押印のある文書が証拠として提出された場合に、押捺されている印影が、本人または代理人の印章により顕出(表れ出ると言う意味)されたものであることが認定されれば、その「押印自体が真正であると推定され」、さらに、「この押印のある文書が真正に成立したと推定される」というのが法令の見解なのです。

このように、印章制度自体は民事訴訟法と言う、民事の法律行為に係る手続き法によって根拠づけられており、日本における印鑑の実効性を担保しているともいえるのです。近い将来、「サイン(自署)」や「電子証明」の普及によって印鑑文化は廃れていくことも考えられますが、現状では、日本は未だ印鑑中心の社会であることは間違いありません

1-3 印鑑と本人確認

印鑑は、実務的には大きく分けて「実印」、「銀行印」、「認印」に区分できます。

印鑑は、実務的には大きく分けて「実印」、「銀行印」、「認印」に区分

印鑑登録が必要な実印は、前述のとおり様々な法律行為において証拠能力が認められていることから、本人確認の有力なツールとしても使用されています。たとえば厚生労働省が諸手続において本人確認をする際の確認方法と法的な根拠について、法人と個人の場合に分けて次のように整理しています。

(表1-2)法人の場合

種類 概要 摘要
実印(会社代表者印+印鑑証明書)
  • ・法務局に印影が登録された「会社代表者印」の押印と、法務局が発行する「印鑑証明書」を要求する。
  • ・具体的には、押印の印影と印鑑証明書の印影を人間が目視で照合し、両者が同一であるとの確認をもって本人確認を行う。
  • ・なお、会社代表者印は、印影が会社名と代表者名であることが通例であり、使用に際しては社長決裁が必要となる会社が多い。
法人の実印は商業登記法が法的根拠となる。(印鑑届出、印鑑証明書)
実印(会社代表者印)のみ
  • ・会社代表者印のみを要求する。
  • ・印鑑証明書を求めないため、登録印との同一性の照合は不可能。
代替印(部門印、部門の責任者印等)
  • ・会社代表者印の使用が社長決裁となるため、案件により、「部門の印」、「部門の責任者の印」を使用するケースがある。
  • ・労働保険では、独自に「事務長印」の登録制度を設けている。
  • ・印影は会社名であることが一般的。担当者が取引上比較的容易に使用できる(見積書等に使用)。
  • ・代替印に関する法令上の根拠はない。
  • ・部門印、部門の責任者印については、社内的な記録制度を設けている場合がある。
  • ・法令上の根拠はない。
角印 ・印影は会社名であることが一般的。担当者が取引上比較的容易に使用できる(見積書等に使用)。 ・法令上の根拠はない。

(表1-3)個人の場合

種類 概要 法的根拠等
実印(市区町村登録印+印鑑登録証明書)
  • ・地方公共団体(市区町村)に印影が登録された個人名の印鑑と、登録先の地方公共団体が発行した印鑑証明書を要求する。
  • ・具体的には、押印の印影と印鑑登録証明書の印影を人間が目視で照合し、両者が同一であるとの確認をもって本人確認を行う。
  • ・登録制度については法令上の根拠はない。
  • ・印鑑登録証明事務処理要領(総務省通知)に基づき、全国の市区町村が条例(印鑑条例)を制定し、登録制度を設けている。
認印
  • ・印鑑登録が行われていない印鑑の押印。
  • ・印鑑登録証明書が存在しないため、実態的な本人確認を行うことは不可能。
・法令上の根拠はない。

1-4 署名と記名押印の違い

日本は印鑑文化ですが、外国のようにサインのみで意思表示の証拠となる社会もあります。日本では、このサインにあたる「署名」と、これとは似て非なる「記名」という概念が存在します。署名と記名の違いを理解しておかないと、法律行為上の不備につながることもありますので注意が必要です。

実務上、「署名」または「記名・押印」、「署名・捺印」といった意思表示が求められることがあります。署名とは、いわゆる「サイン」のことで、自書することであり、記名とは、自書以外の方法で自分の名前を記すことを言い、ゴム印やパソコンで入力したものが一般的に使われます。署名は、筆跡の違いに証拠能力求めることができますが、記名の場合は、誰がゴム印を押し、誰がパソコンで入力しても同じものが出来上がりますので、本人の意思表示としては証拠能力が不十分であるといえます。

このため、記名の場合には、必ず「押印」が求められ、押印のある記名は「署名と同様の証拠能力」を認めるのが一般的であり、この押印は実印を使用することで本人の意思であることの確度も高くなります

会社を例にあげれば、取締役会の議事録には、出席した取締役および監査役設置会社の場合は監査役が署名または記名押印することが義務付けられていますが、議事録に予め取締役および監査役の氏名をパソコンで入力したものを印刷し、後に押印することで書面を完成させることも可能です。

なお、細かい話しですが、押印する際には、押印場所に注意が必要です。氏名から離れた場所に押印すると、本人の意思確認が不明確と判断されて押印し直しを要求される場合があるからです。実務的には、氏名の最後の文字に印鑑を半分重ねる押し方を慣例とする法人もあります。

(表1-4)署名と記名押印の整理

種類 概要 備考
署名 ・署名とは、本人の使命を自筆で手書きすること(サイン、自書) 捺印とは押印と同義とされています。
記名・押印
  • ・記名とは署名以外の方法(印字やゴム印等)で本人の氏名を記入・入力すること。
  • ・「記名」に加えて「押印」することで、署名と同様の効果を持つ(商法第32条)。
捺印と押印は同義とされています。なお、商法第32条は平成30年の改正で削除されています。

本人確認という重要な手続きにあたり、実印と印鑑証明書の果たす役割の大きさを知ることができますが、法人・個人を問わず、実務上の取引にあたっては、手続きの重要度にあわせて印鑑の使い分けがなされていることにも注目すべきでしょう。

1-5 印鑑の種類と用途

当然のことながら、本人確認以外の法律行為(商取引を含む)においても印鑑は使用されます。一般的には実印と認印さえ持っていれば困ることはありませんが、銀行取引においては、印鑑の届出が必要となります。いわゆる「銀行印」と呼ばれる印鑑のことですが、この銀行取引を含めどのような法律行為のときにどのような印鑑が必要となるかを概括しておきましょう。

(表2)印鑑種類別の主な使用機会(法人・個人)

実印 銀行印 認印
法律行為
  • ・不動産売買取引
  • ・各種契約行為(融資取引や融資に係る抵当権設定契約を含む)
  • ・遺産相続
  • ・商業登記
  • ・融資以外の与信取引
  •  等々
  • ・預金口座開設
  • ・預金取引
  • ・融資取引(金銭消費貸借契約以外の融資申込書等の手続)
  • ・見積書への押印
  • ・郵便物等受取時の押印
  • ・請求書、領収書への押印

銀行印の届出にあたっては、全国銀行協会が「届出印」として使えない印鑑を示していますので注意が必要です。まず、キャラクターもの等は、多数の人が同じ印鑑を持つことになりますので、印鑑照合の意義が失われてしまうため使用できません。また、「ゴム印」などの劣化・変形しやすい素材を用いた印鑑は、もとの印鑑と印影が異なると印鑑照合ができないため使用できません。

銀行印は一個を登録すれば全ての取引に使用できますが、法人の場合、預金取引と融資取引で異なる印鑑を登録することがあります。融資取引の場合の「融資申込書」は実印でなくてもよいため、預金取引の登録印鑑を使用すれば良いのですが、会社によっては、手続上を円滑に進めるため会社の実印を融資取引の印鑑として登録する場合があります。このような場合は、印鑑の使用を記録するなど管理を厳格にすることが重要です。

2 印鑑の種類(法人の場合)

印鑑の種類(法人の場合)

法人の場合は、使用する印鑑の種類が多く、部署や役職、業務内容によっても使い分けているのが一般的です。中でも最も重要なのが代表取締役(社長)の印です。重要事項の決裁は代表取締役印が押され、案件の内容によっては会社の浮沈と従業員の将来をも左右することになるからです。この代表取締役印を含め、以下、印鑑類の種類と用途等について解説します。

2-1 会社の実印(代表取締役印)

会社の実印は代表取締役の印であり、会社の本店所在地にある法務局に届け出ることで実印を登録することができます。届出後、必要な時に申請すれば、法務局は、届出されている印影が実印であることを証明する「印鑑証明書」を発行してくれます。事業上の大きな取引や重要な法律行為の際には、書類に実印を押印し、印鑑証明書を添付することになります。

本業の取引以外にも、金融機関から融資を受ける場合の金銭消費貸借証書への押印、当該融資に係る担保(抵当権)の設定などの際に、また、不動産取引(会社資産の売却や取得など)を行う場合も実印と印鑑証明書が必要となります。

個人としての実印は一人一個しか認められませんが、法人の場合、代表取締役が複数いる場合もあり、このような場合は各人が持てることになっています。なお、印鑑証明書の交付については、代表取締役各人が法務局へ赴く必要はなく、代理人が所定の手続きに従って交付を受けることができます。

また、法人の実印は、印影の大きさなどに基準があるため注意しなければなりません。印影の大きさは3㎝の正方形に収まり、かつ1㎝の正方形より大きいもの(通常は、直径1.5㎝~1.8㎝)なければなりません。形状は一般的に丸形が多く、判面が「二重丸状」になったものが用いられ、外側に会社名、内側に「代表取締役印」と彫られているものが多いようです。

2-2 銀行印

法人として金融機関と取引を始めるとき、銀行印の届出が必要です。手形・小切手の振り出し、預金の引き出し等で使用します。この銀行印は実印と同じように丸形で判面が二重丸状のもが多く、社名や代表取締役といった文字の彫り込みも似通っていますが、実印の誤用を防ぐ目的で、実印よりも小さめに作製するのが一般的です。

2-3 その他の印

実務上は、実印とは別に、認印として使用する代表者名の印や、「会社印」と呼ばれる会社名のみ彫られた印鑑が使われます。実印は一般的に前述の丸型が使用されるのに対し、代表者認印や会社印は正方形の形をしたものが多く見られ、俗に角印と呼ばれます。これは、契約書等以外の、事務文書や案内文書、各種通知、請求書や領収書、見積書など通常の営業循環過程で頻繁に発行される社外文書に使用されます。会社印は、書類に記名された社名に重ねて押印するかたちで使用されています。

また、規模の大きい会社などでは、職務上の権限を明確にするために使用する役職印というものもあり、「〇〇支店長の印」や「△△部部長の印」という表記で一般的には社内外の発出文書に使用されることが多いようです。

このほかに、見落としがちなところでは「社会保険印」というのがあります。雇用保険の適用事業所設置時にハローワークに印鑑を登録しますので、改印した場合は変更届を提出しなければなりません。事業所印と事業主印または代理人印が必要です。労働基準監督署や社会保険事務所については届出の必要はありませんが、社会保険関係で使用する印鑑を定めておくことは実務上合理的だといえます。

2-4 実印登録と印鑑証明書

会社の実印について整理しておきましょう。会社の実印は、会社設立登記の際に必要となります。設立時は、本店所在地の法務局に代表者印を会社の実印として登録することになります。この登録印の基準については前述のとおりです。実印登録をすると必要な時に印鑑証明書の交付を受けることができますが、この方法について見ておきましょう。

通常は、会社の設立登記をした本店所在地の法務局で交付を受けるのが一般的ですが、「商業・法人登記情報交換システム」が導入されている法務局なら、他の法務局が管轄する印鑑証明書も発行してもらえる仕組みになっています。このほか、「登記・供託オンライン申請システム」を利用し、インターネットで申請することもでき、窓口でも郵送でも印鑑証明書の交付を受けることができます。

印鑑証明書の交付を受けるには、印鑑証明書交付申請書に必要な事項を記載し、印鑑カード(予め法務局から交付を受ける必要あり)と一緒に法務局の窓口に提出するという手続きです。この印鑑証明書交付申請書には、次の事項を記入します。

  1. 登記簿に記載された同じ商号・名称
  2. 本店・主たる事務所
  3. 印鑑提出者の資格・氏名・生年月日
  4. 印鑑カードの番号
  5. 請求枚数
  6. 当日の申請人が印鑑登録者本人であるか代理人であるかを記入

このような手順ですが、近年は、自動受付機の備付が進んでおり、この受付機に必要事項を入力後、呼び出しがあって受付窓口で交付を受けるのが一般的です。なお、機械に入力後、所要の手数料分の収入印紙を購入して待機することになります。

(表3)印鑑の整理

印鑑 用途等
実印(代表取締役印) 官公庁への届出や重要な契約行為等で使用しますので、印鑑管理規程(後述)等を設けて厳格な管理が必要です。形態は、二重丸形で、外側に会社名、内側に代表取締役と入った印が多くみられます。
銀行届出印 金融機関との取引において使用する印鑑。具体的使用法については(表2)を参照。
会社印 (表1-2)とも関係します。社判や角印、会社印など呼び方は様々で、会社名のみが入った印鑑です。一般的には、実印の丸形に対して正方形であることが多い印鑑で、認印として使用されるものです。
代表者の常用印 代表取締役が社内外に発する文書に使用する認印としての役割があります。しかし、代表者の印であるため、実印同様に印鑑管理規程に基づいて厳格に管理する必要があります。
役職印 支店長や部長、課長といった役職名が入ったもので、社外に対しては限られた分野の事務文書や見積書、社内においては役職に基づく決裁用の印鑑として使用されます。

2-5 訂正印・割印等の違い

印鑑の使い方としては、「訂正印」、「契印(けいいん、ちぎりいん)」、「割印」、「捨印」、「消印」といった使用機会があります。訂正印は、文書の文字の書き直しがあったときに、該当の文字に二重線を引き、横書き様式の場合はその上に、縦書き様式の場合はその右側に訂正後の文字を書き入れ、欄外に、「削除〇文字、加入〇文字」と記入して、訂正部分に当該文書の当事者全員の訂正印を押印します。

契印とは、契約書が複数のページで構成されている場合、その全てが一体の契約書であることを示すために、とじる部分をまたいで当事者全員が押印するものですが、これには二通りの方法があります。一つは、各葉のつなぎ目にまたがるように押印して各葉が一体のものであることを示す方法、二つ目が、契約書の1か所に押印するだけの方法です。この方法は、複数枚あるものをホッチキスでとめ、背を別紙で包んで糊付けし、表か裏の一方の境目に押印するものですが、実務上は表裏ともに押印しているケースが多いようです。一般的には二つ目の方法が多く使われています。

捨印は、文書が完成し押印したあとに文字の修正が必要となったときや、文字を訂正しても良いという許可を予め取っておくときに使用されます。しかし、この手法は、当事者の一方に文書を自由に変更してかまわないという意思表示になるため、よほど信頼のおける相手でないかぎりは使わないものです。このため、捨印は、登記事項等で司法書士に依頼する場合や、官公署との間で交わす収用等の契約関係以外では使用されることはありません。

消印というのは、契約書に貼付された収入印紙と契約書面とにまたがって押印されるものです。印紙税法上の課税文書にあたる場合、契約当事者は納税のために所定の額の収入印紙を貼付しますが、この収入印紙の再使用を防止することが目的です。

割印は、契約書の正本と副本を作成する場合、または同じ契約書を2通以上作成して、当事者全員が各1通保管しておくような場合に用います。2通の契約書にまたがるように押印し、これらが同時に作成されたものであることを示すとともに、当該契約書の偽造・変造を防止するために有効な手段といえます。

2-6 印鑑の管理

会社の実印はもとより、認印であっても印鑑の管理は重要です。重要な契約書等には会社印とともに実印である代表取締役印が押印されることになりますが、これは法律行為を行うという意思表示とともに権利義務の発生を認めるということです。このような重要な役割を持つ印鑑が勝手に持ち出されて悪用されたり、権限のない者が勝手に押印するなどした場合は、会社に損害が発生することも想定されます。

個人事業や少人数の小規模事業者などでは、保管・押印ともに代表取締役自身が行うことが多いようですが、一定の従業員数と複数の部署を抱える企業の場合は、会社印や代表者印は頻繁に使用することも考えられるため、多忙な社長が印鑑を持ったまま移動するというのは合理的ではありません。

このため、規模の大小を問わず企業においては、印鑑の使用・管理について厳格なルールを設ける必要があります。印鑑の管理は、一般的に総務部門が行い管理責任者は総務部長となります。各部署に会社印や代表者の認印を持たせる場合もあり、その場合のルール作りや管理の方法についても総務部門が監督・指導することになります。

このルール作りにあたっては、印鑑の種類、大きさ、印鑑の交付方法、紛失・盗難時の対処、改印の場合の手続き、押印する際のルール、押印の責任者、印鑑管理責任者、印鑑保管場所等々取り決めるべき事項は非常に多くなります。これらを具体的に定めた文書を、一般的には「印鑑(印章)管理規程」といいます。印鑑管理規程ならびに印鑑使用簿の例は次の通りです。

(表4-1)印鑑管理規程の例

印鑑管理規程(例)

(目的)

第1条 この規程は、〇〇株式会社の印鑑の作製・改廃、交付、返還、使用、保管管理責任に関する事項を定めたものである。

(印鑑の定義)

第2条 この規程でいう印鑑とは、会社が発出する文書、または受理する文書等に押印して法的効果としての権利義務を発生させるものをいう。

(印鑑の種類)

第3条 この規程による印鑑とは次のものをいう。

  1. 代表者実印  丸印
  2. 代表者認印  角印
  3. 会社印    角印
  4. 銀行印    丸印
  5. 部署長印   印

(印鑑の交付)

第4条 印鑑の作製および改廃は、その全てを本社総務部において行い、各印鑑保管責任者に交付するものとする。
(2) 各部署において印鑑の作製または改印を要するときは、別途定める「印鑑交付等申請書」に所要の事項記載し、総部部長宛て提出しなければならない。
(3) 前項の申請があったときは、総務部長はその内容を審査のうえ社長の決裁を経て、作製および改印を行う。

(印鑑の規格)

第5条 印鑑を作製する場合は、別途定める形状、サイズ、材質等に合致したものとしなければならない。
(保管および管理責任者)
第6条 印鑑の保管、使用、管理にあたっては、次に定める保管責任者および押印責任者ならびに保管場所によらなければならない。

(1)印鑑保管責任者

  1. 代表者実印  総務部長
  2. 代表者認印  総務部長
  3. 会社印    総務部長、各事業部部長、支店長
  4. 銀行印    経理部長
  5. 部署長印   本社各部長、支店長

(2)押印責任者

  1. 代表者実印  社長が押印する(ただし、社長の命により総務部長が押印することができる)
  2. 代表者認印  総務部長(総務部次長もしくは総務部長が許可した者が押印することができる)
  3. 会社印    総務部長( 同上 )
  4. 銀行印    経理部長(ただし、経理部長の命により経理部次長が押印することができる)
  5. 部署長印   本社各部長、支店長が押印する(ただし、各部署長が命じたときは、職務権限表に記載された各部署の次席が押印することができる)

(3)保管場所

  1. 代表者実印  本社書庫内鍵付きキャビネットに保管し、社長および総務部長が鍵を所持し管理する。
  2. 代表者認印  本社書庫内鍵付きキャビネットに保管し、総務部長が鍵を所持し管理する。
  3. 会社印    同上
  4. 銀行印    経理部書庫(金庫)内の鍵付きキャビネットに保管し、経理部長が鍵を所持し管理する。
  5. 部署長印   各部署における鍵付きキャビネットに保管し、各部署長が鍵を所持し管理する。

(印鑑使用記録)

第7条 印鑑を押印するときは、別に定める「印鑑使用管理簿(各印鑑)」に所定事項を記載しなければならない。
(2)前項の管理簿は、10年間保管するものとする。

(印鑑の返還)

第8条 汚損・破損もしくは廃止により不要となった印鑑は、総務部長に返還するものとする。返還を受けた印鑑は、総務部長が所定の場所に2年間保管し、社長決裁を経て所定の方法により廃棄処分する。
(2) 印鑑を紛失したとき、または盗難に遭った場合は、速やかに総務部長に報告し、その指示に従うこととする。

(印鑑の廃止手続き)

第9条 この規程で定めた印鑑を廃止するときは、次の事項を記載した印鑑廃止届を総務部長に提出し、所定の決裁を受けるものとする。

  1. 廃止する印鑑の種類
  2. 登録(作製)日
  3. 廃止する理由

(規程の改廃)

第10条 この規程の改廃は社長が行う。

(表4-2)印鑑使用管理簿の例
〔会社実印〕・・・(社長認印、会社印、銀行印、部署長印は別に使用管理簿を作成)

日付 件   名(案件名または目的) 相手先 枚数 押印者 管理者
20/05/01 事業用土地売買(購入)契約書 〇〇不動産株式会社 2 総務部次長㊞ 総務部長㊞
20/05/07 土地購入資金借入金銭消費貸借証書 △△銀行××支店 1 総務部次長㊞ 総務部長㊞
  〃 土地購入資金借入に係る抵当権設定契約書    同上 1 総務部次長㊞ 総務部長㊞

この使用管理簿とともに、次のような印鑑の使用範囲を定めた一覧表(例)を作成しておくと、押印する際の確認や使用管理面でも便利です。

(表4-3)印鑑の種類と使用範囲(例)

押印する文書類 実印 認印 会社印 銀行印 部署長
官公庁への諸届書(必要に応じて実印・認印使い分け) (〇)
契約書類で実印のみ要求されるもの
契約書類で認印使用可のもの
対外的発信文書(印章略の場合は不要)
対外的発信文書(儀礼的文書)
会社印のみで許容される文書類
雇用契約書
金融機関取引(手形・小切手の振り出しを含む)
見積書、納品書、請求書 (〇)
領収書、預かり証 (〇)

(〇)は、上位印鑑までは必要がない場合。

なお、印鑑管理規程ならびに印鑑使用管理簿の対象とするのは、上記のような印鑑に限ることとし、事務を円滑に行うことを目的に使用される、社名や代表者氏名、部署名・職位・部署長氏名などのゴム印(横判や縦判)は含めないほうが良いでしょう。ゴム印自体は押したとしても「記名」の状態であり、代表者の実印・認印・会社印・銀行印等を押さない限り何らの権利義務も生じません。

このような「印鑑類」にまで使用管理簿の記載を義務付けることは、会社の業務を硬直化させ、事務の合理性を追及するうえで支障となります。ただし、たとえゴム印であっても、杜撰な管理とならないよう、各部署に配布した数や種類を記録しておき、内部監査等で実査するなどの措置は必要です。

3 フリーランスや個人事業主におすすめの印鑑

フリーランスや個人事業主におすすめの印鑑

法人が使用する印鑑や管理手法等については、フリーランスや個人事業主の方にとっても参考になりますが、法人ではないため、会社印や法務局に届け出る代表者印は不要です。ただし、個人の実印を事業関係で使用する場面は増えると思いますので、実印はそれらしいものを用意する必要があるでしょう。

また、事業に使用する目的で事業用の認印を作製することや、銀行印についてもプライベートと事業用を使い分けるために事業用の預金口座を開設した場合は、個人用と事業用を使い分ける必要がありますので、注意しましょう。これらの点を踏まえ、フリーランスや個人事業主におすすめの印鑑をご紹介していきます。

3-1 個人用は実印と認印

市区町村役場への提出物や所得税等の確定申告などは、ほとんどが認印で用が足ります。事業を始めるときの開業届やその他の申請・届出書類は事業主の認印を押印することになります。事業用に使用する不動産の売買契約や各種ローンの契約などでは個人の実印と印鑑証明書が必要となります。ただ、プライベートな法律行為と事業に関係する行為に共通の印鑑を使用していると、何に押印し、どのような権利義務が発生したかが分からなくなる恐れがあります。

このため、法人と同じく、実印、認印ともに事業用に使用した場合のみ使用管理簿に記載することにしておけば、権利義務関係を明確にできるとともに、自己管理も可能となりますので検討する価値はあります。このとき、認印は事業用のものを用意すると管理もしやすいので、プライベート使用のものとは別に用意するようにしましょう。

既に実印を保有している場合であっても、事業を始めるときに法人印で紹介したような二重丸形態の存在感のある印鑑を作製して改印すれば、役所や取引先との関係でも良い印象を与えることができます。また、事業用の銀行印や認印についても、法人が使用するものに倣って作製すれば、関係者に事業への心構えを伝えることができます。

このほか、事業上、契約書や覚書等の文書を頻繁に使用する機会がある業種の場合は、住所・屋号・事業主の氏名をセットにしたゴム印(横判と縦判)を用意すると良いでしょう。押印する印鑑が実印か認印かにかかわらず、「記名」の作業を円滑に美しく済ませるための合理的な方法です。

3-2 電子印鑑の利用

近年、「電子印鑑」というツールが普及しはじめています。電子印鑑とは、印鑑の印影を画像データとして読み込み、電子化(PDF)した文書に張り付ける(押印)ことができるようにしたものです。文書の電子化は2005年に施行された「e-文書法」を根拠として法的効力を担保できるようになりました。このため、紙の書面をやりとりしなくても電子化した文書のやりとりだけでも有効な法律行為となるのです。

しかし、ここで問題となるのは、文書の電子化に法的根拠が備わっているとしても、電子印鑑に法的根拠があるのかという点です。ここで言うところの電子印鑑は、専用ソフトを使って印影を作成するもので、結論から言えば、「認印」として使用することが前提であり、しかも、この電子印鑑が押印された文書の正当性は、本人が押印したという事実を証明しなければならないのです。

電子印鑑には、「印影を画像化しただけ」のものと、「印影に情報が保存された」タイプがあり、情報が保存されるタイプは、使用者のタイムスタンプなどが印影に保存されるため偽造や複製が困難だという利点があります。

この電子印鑑が普及するか否かについては不透明ですが、少なくとも現状では、実印としての役割ができないことと、認印としての能力についても疑念が残るのは事実ですので、ソフトを購入してまで利用する価値があるかどうかは考え方次第です。

一方で、会社設立のときの電子定款で使用される「電子署名」を「電子印鑑」と位置付ける向きもあり、様々なサイトで電子署名と電子印鑑という言葉と仕組みが混同して解説されているケースが多く見られます。なお、電子署名には「電子証明書」が必要なのですが、公的機関と民間機関が発行する電子証明書の存在もまた、電子印鑑論議では混乱を引き起こす原因の一つともなっています。

このような状況に鑑み、この記事では「電子署名」の印鑑代替性について解説することとします。電子署名は、実際に商業登記の手続きや、電子政府「e-Gov」を利用して行う行政手続きの電子申請で実用されており、今後ますます普及拡大していく分野ですので、電子署名(印鑑)の特徴を掴んでおきましょう。

印影自体をそのままデジタル化する方式では不正が行われると言う疑念が消えませんが、電子署名は「公開鍵暗号(注2)」を使用するデジタル署名です。本人しか知らない公開鍵暗号の「秘密鍵(注2)」を使用することで、本人が承知していることの証明となりますし、「ハッシュ値(注3)」などの一致性をもって改ざんの有無を検証することが可能な仕組みとなっています。なお、電子署名の長所と短所を整理すると次のようになります。

(表5)電子署名の長所・短所

長所とされる点 短所とされる点
(1)ネットワーク上で印影付きの文書を作成して電子商取引が可能であること。 (1)証拠能力持続性に懸念があること(公開鍵暗号が解読される、または秘密鍵が格納されたICカードの破損等)。
(2)捺印(印影添付)後の文書を改ざんすることが困難であること(前出のハッシュ値) (2)印影付き書類全体をコピーして再使用する可能性があること。
(3)デジタルデータであるため、印鑑の材質や形状などの物理的な表現形態を選ぶ必要がないこと。 (3)秘密鍵がコピーされるなど、証拠能力を有する情報自体が盗難に遭ってもすぐに察知することが困難であること(自覚がないため対処が遅れ、短期間に被害が拡大する可能性がある)。

(情報処理学会論文誌VoL.42 №8「印鑑と電子印鑑の歴史と類似性の分析」を参考に作成)

(注2)公開鍵暗号と秘密鍵
公開鍵暗号というのは、一対の鍵を用いて、データの暗号化と復号化を行なう暗号方式をいいます。この1対の公開鍵暗号のうち、一つは広く一般に公開する公開鍵と呼ばれ誰でも使用できます。もう一方の鍵は、本人だけが知る秘密鍵と呼ばれます。厳重に管理された秘密鍵で暗号化されたデータは、対応する公開鍵によってのみ復号でき、公開鍵で暗号化されたデータは、対応する秘密鍵でしか復号できない仕組みになっています。

(注3)ハッシュ値
ハッシュ値とは、0と1で構成するデータを、一定の法則で同じ長さにした数値のことで、特殊な関数を使って求めます。このハッシュ値の長さは一定であるため、同じハッシュ値を作る(改ざん)することは困難です。この特徴から、データの改ざんを検知する方法として有効であるとされています。

なお、前述の通り、電子署名には「電子証明書(電子署名用証明書)」が必要となりますが、これは、書面手続に置きかえると、「印鑑」と「印鑑証明書」に相当するものであり、電子的に本人の身分や所属組織等を証明するものとなります。電子証明書は、認証局が発行するもので、電子署名を行う前に購入しなければなりません。

電子申請をする際に電子証明書を発行する認証局は次の通りですが、申請・届出等の手続きにおいて利用可能な電子証明書等は、その申請・届け出手続きに係る行政機関等に確認する必要があります。

(表6-1)主な電子証明書を発行する認証局

認証局 概要
電子認証登記所(商業登記認証局) 法務省運営の認証局ですが、電子証明書の申請の受付および発行は、法人登記を管轄する登記所のうち指定された登記所のみですので、利用の際は事前に最寄りの登記所で手続きが可能か確認する必要があります。
日本電子認証株式会社 同社が提供する法人認証カードサービスは、国税・地方税、社会保険のほか、法務局の電子証明書をICカードに格納できます。
東北インフォメーション・システムズ株式会社 TOiNX電子入札対応認証サービスに係る認証局の電子証明書
株式会社帝国データバンク TDB電子認証サービスTypeA。電子入札、電子申告・納税、電子申請、電子契約等に対応しています。
セコムトラストシステムズ株式会社 セコムパスポートfor G-ID。士業向け電子証明書、電子入札、電子申告・納税、電子申請等。
三菱電機インフォメーションネットワーク株式会社 DIACERTサービス、DIACERT-PLUSサービス。公共機関への電子入札用電子証明書。
公的個人認証サービス 地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律を根拠とした機関が発行し、市区町村が交付する電子証明書。
株式会社NTTネオメイト e-Probatio ps2サービス。電子入札、電子契約に係る電子証明書発行。

(表6-2)電子政府のe-Gavで受け付けている厚生労働省関係の手続きの一部と利用可能な電子証明書

電子証明書認証局 証明書の発行対象者 厚生労働省に申請・届出を行うもの
社会保険関係手続き 雇用保険関係手続き 労働保険関係手続き
「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」、「健康保険・厚生年金保険被保険者賞与支払届」等 「年金加入記録照会・年金見込額試算」 「雇用保険被保険者資格届出書」、「雇用保険高年齢雇用継続給付の申請」等 「労働保険概算・増加概算・確定保険料申告書」等
1 電子認証登記所(商業登記認証局) 法人 ×
2 日本電子認証株式会社 法人・個人 〇(個人のみ)
3 東北インフォメーション・システムズ㈱ 法人 ×
4 株式会社帝国データバンク 法人・個人 〇(個人のみ)
5 セコムトラストシステムズ株式会社 法人・個人社労士等 〇(個人・法人・社労士) 〇(個人・社労士) 〇(個人・法人・社労士) 〇(個人・法人・社労士)
6 三菱電機インフォメーションネットワーク株式会社 法人・個人 〇(個人のみ)
7 公的個人認証サービス(地方公共団体) 個人 〇(個人のみ)
8 株式会社NTTネオメイト 法人・個人 〇(個人のみ)

(電子政府の総合窓口「e-Gav」サイトの資料を参考に作成)

このように、厚生労働省関係の申請手続きだけをみても、個人で電子署名を利用できる場面が多いことがわかります。事業の実務に関しては普通の印鑑を使用する機会が多いとは思いますが、電子署名を併用することで印鑑の管理が容易になるだけでなく、web上で手続きができる事項が増えれば、マンパワーの弱いフリーランスや個人事業主にとっては、事務負担の軽減につながり、生産性の向上が期待できます。

4 会社設立の4ステップ

会社設立の4ステップ

会社設立を行う上では、非常に細かな手続きの決まり、書類の書き方などに対処していく必要があります。

会社設立は、大きく4つのステップに分けることができます。

会社設立は、大きく4つのステップ

  1. 会社設立の事前準備段階
  2. 会社設立の書類作り・収集
  3. 会社設立のための、官公庁での手続き
  4. 会社設立後の、官公庁での手続き

会社設立については、事前の準備・段取りが極めて重要です。最初の段階で、自分の設立する会社にかかる事項を明確にしておくことにより、必要手続きはなにか、ポイントは何か、注意すべき手続きがないかなどがわかります。

意外と見落としがちな事項として、自身が扱う事業の種類については、開業前からの事前チェックが欠かせません。特に、許可・認可・登録・届出など、いわゆる「許認可」が必要な業種のうち、事務所・資本金など要件がある会社については注意が必要です。手続きを行ったものの、会社の定款に書いてある目的の不備・資本金不足・居宅とは別に事務所を構える必要があるのに、自宅兼事務所になっているなど不備があると、いざ許認可等を受ける際に、条件に一致しないということで、先へ進めなくなる恐れもあります。このような事態をなくすためにも、事前の調査・準備が極めて重要と言えます。

4-1 会社設立時の事前準備

まず、会社の書類を作る前に、事前準備をしっかりと行うことが大切です。会社の方向性、資本金、ビジョンなど、会社設立においてベースとなる点を下記リストで確認しましょう。

(表7)会社の概要・方向性に関するチェックリスト

どのような事業を行うのか 自分がどのような事業を行うのかは、できるだけ外部にリアリティを持って示せるように明文化することが重要。また、「顧客の課題を当社の事業でこのように解決できます」など、具体的なソリューションを顧客・利害関係者に示せると望ましい
自分に何ができるのか 自分の過去の経歴、スキルの棚卸しを行い、自分が仕事として何ができるのかを明確にしておく。また初期は特にやりたいことより「できること・求められること」を重視した方が良いと言える。特に、他の人が苦心しているのに、自分は苦もなくできるという点は、自分にとって大きな強みと言える
誰を顧客にするのか BtoC(法人対個人)、BtoB(法人対法人)があるが、基本的に法人対法人でできるビジネスの方が、売上・安定感などの点から望ましい。当然法人対法人の方が敷居は高いが、客単価の違いや、お金の出所(法人は会社の経費・個人は財布のお金、そのため個人だと出費にシビアになりがち)を考えると、できるだけ法人をターゲットにしたい。
どこでお金をいただくのか(マネタイズ) どんな素晴らしい事業であっても、何らかの形で収益化できる、つまりお金を貰える部分がないと事業は継続できない。ただし、必ずしも購入者本人からお金をいただくビジネスモデルである必要はない。家族や第三者、あるいは広告などの形で収益を得るなど、マネタイズの方法は多様化している。また、本人が自分のために出費するケースよりも、人のために出費するケースの方が、支出が大きくなりやすい傾向がある。
高単価商品を少ない人に売るのか、低単価商品を幅広く売るのか 例えば、一つの法人にネットワーク・テレワークソリューションをコンサル・導入含め一式250万(+月額保守)で売るという手もあるし、Webのオンラインサロンで月額数百円から数千円(月980円なら、同等の売上のためには約2,550人)で売るという方法もある。しかし、幅広い知名度やよほど価値がないと、多くの人に安価な金額の物を売るのは大変なので、特別な理由を持つ人でない限りは、できるだけ高単価な商材があるのが望ましい。また、BtoCの場合は保険・住宅など高単価な物が限ら、BtoBの場合と異なり、個人に直接お金を支出させるため、同じ金額でもハードルが上がる
月額課金など定期売り上げになるプロダクトをつくれないか ワンショットで終わる取引より、毎月なり毎年なり、継続的に続く取引の方が経営に安定性を与えてくれる。コンサルタントであれば定期顧問契約、物販であれば毎月宅配プログラムなど、継続的な取引を創り出す発想が必要
先払いにできないか 個人相手は先払いが一般的だが、法人相手では、月末締めの翌月払いや翌々月払いというケースが多い。売上計上と入金のタイミングが異なるため、帳簿上は黒字だが、現預金がないため支払いができない、「黒字倒産」が発生するケースがある。一般的なクライアントの場合、着手金や部品代・人件費などの部分的な先払いに応じてくれるケースも多い
これまでの仕事先から業務を受注できないか もし現在会社員として働いており、円満かつ前向きに退職できる見込みがあれば、会社の中でリソースが届きにくい業務を法人として受注する策もある。また、クライアントが有名企業であれば、それだけで取引企業実績としてアピールでき、信頼性を担保する一助となる
会社に投入できるお金(資本)と自身の財産はどれくらいあるか 会社に投入できる資本が大きければ大きいほど経営に余裕ができ、融資も受けやすい。また、精神的な余裕も違ってくる。手元資本が心許ない状態で起業しようとするより、まずは個人事業として小さく始めるなり、複業として土日に始めるなどのやり方もある。必ずしも会社を完全に辞めて、会社を設立することが最善とは限らない。また、自身の財産も同様であり、家族の誰かが別の仕事をしているなどの状況ならともかく、収入が起業する自分の物だけにかかっているとプレッシャーも大きい。
会社員の信用を活用して、クレジットカードの作成やローンの締結を行ったか 会社勤務から独立すると、クレジットカードの作成やローンの締結審査が厳しくなる。業務用のクレジットカードについては、審査に柔軟性があるものもあるが、ローン関連はおしなべて厳しくなる。ただし、創業融資にマイナスの影響を及ぼす可能性の高い、銀行系カードローンや消費者金融のローン契約はけして行わないこと。どの金融機関も、信用情報といい、個人がどこからいくら借りているのかを(申込者から同意を得た上で)調べられるので、「あ、この人消費者金融に貸出枠があるな」など、簡単にわかってしまう。また、金融機関は消費者金融と契約がある時点で、「この人の金銭感覚は大丈夫だろうか?」という厳しい目線で見る傾向がある
自身の仕事のニーズはどれくらいありそうか 社会は全て「需要と供給」で成り立っており、需要がないのに勝手に供給を行っても、市場から受け入れられない。例えば、今の時代に携帯電話の販売代理店事業に参入しても、携帯電話自体があらゆる世代に行き渡り、スマートフォンの買い替え需要も当面は望みにくいため、事業として成り立つとは考えにくい。また2020年5月現在は、新型コロナウイルスの影響で、様々な仕事に対して(特に旅行・娯楽・エンターテイメント)需要が減る一方、中にいて楽しめることなど需要が増えている分野もある
一過性のブームではないか 特にフランチャイズ系の事業を検討するときに注意すべきことが、「一過性のブームではないか」ということ。白いたい焼き、タピオカ、ステーキなど、一度大きなブームが起きると市場参入者が増えるために、競争は激化しやすい。ブームが去るとその反動で、一気に顧客の関心は冷める。フランチャイズの契約は長期間にわたるケースが多く、途中解約は違約金を請求されるケースも多いため、フランチャイズに関しては特に注意して契約書を読み、事業者のバラ色のシミュレーションを鵜呑みにしない
事業の方向性が日本の今後のトレンドと合致しているか 今後の日本は、様々な意味でシュリンクしていく市場が多い一方、今後ニーズが発生する市場も当然存在する。参考資料の一つとして、経済産業省 平成28年度産業経済研究委託事業 「日本の中長期ビジョンの検討に関する調査」は、日本の今後数十年のトレンドを検討する上で、非常に有用。ただし、新型肺炎などの現在進行形のトピックは織り込まれていないため、今現在起こっている社会事象と併せて考える必要がある
自分がやりたいと思えるか、家族や周りに堂々と言えるか もちろん、利益がしっかり出せるか、儲かるかも大切だが、「自分が積極的に取り組めない」「関わっている事を堂々と言えない」事業は望ましくない。また、自分に家族がいたとして、子供に仕事の内容を堂々と言える内容かは重要。ただ、逆説的であるが、みんながやりたがらないから、少しグレーだから儲かるビジネスがあるというのも事実。

他にもポイントはありますが、基本的に、事業に関する概要、大枠を定め、ここは極力ゆずれないという部分、できないこと、やりたくないことという部分を作る。そこから具体論に入っていくことが重要です。

事業に関する概要が定まると、次は会社のビジネスモデルの精緻化と、書類作りなど事務作業、そして必要書類を官公庁に取りに行くプロセスが必要です。

ビジネスモデルを精緻にしていくには、専門家や会社設立の代行業者など、様々な事例を見ているプロフェッショナルや、実際に経営に携わり、実績を挙げている人に相談するとよいでしょう。

やはり、一人で考えたり、本を読んだりするだけでは限界があります、人とディスカッションすることにより、「こんなアイデアがあったのか」「この切り口は気がつかなかった」など、新しい発想が湧き出てくる可能性もあります。ぜひ、アイデアの壁打ちの作業をしてみることをお勧めします。

ここまで来て、やっと会社として基本的な事項を定める段階に入ります。会社を設立する上で不可欠な基本的事項を確認してみましょう。

4-2 必要書類の準備・書類作成

(表8)会社設立の基本的事項

社名をどうするか 他社と重複せず、自分が愛着の持てる社名や、覚えやすい、印象に残りやすい社名を考えるのが大切
事務所を自宅兼事務所にするか、自宅外に持つか 事業により、自宅兼事務所でも問題ない事業と、事務所(店舗)を構える必要のある事業が存在する。自身の検討している事業に適した場所を選ぶ。テレワーク・ビデオ会議が一般化するであろう、これからの時勢を考えると、業種によるが、立地にこだわる必要性はこれまでに比べ薄れて行く可能性も考えられる
事務所を別途持つ場合、立地に関して 業種にもよるが、店舗を構えたり、来客を想定する場合は、場所の利便性、賃料と予測できる事業収益のバランス、交通量、場所のわかりやすさなど、多角的な角度から検討することが不可欠。併せて、極力現地及び建物内を確認することが重要。また、夜・など時間帯を変えての現地確認も行うと望ましい
会社の種類を決める 種類としては、株式会社・合同会社・合資会社・合名会社の4種類がある。現在会社設立で用いられる大半のケースは株式会社か合同会社。株式会社は社会的知名度が高く、外部からの出資が得やすい点、合同会社は設立費用が安く、早く設立ができ、決算公告が必要ないなど株式会社よりランニングコストが安いのがメリット
事業に許認可・登録・届出が必要か確認 営業開始時に、管轄官庁への許可・認可(実務上認可があるケースは保育所・医療法人・学校法人など少ない)。登録・届出が必要な事業も多い。行政書士や管轄官庁に確認し、許認可の必要性や条件などを確認する
資本金を決める 資本金は会社の事業を行うための元手となる資金であるため、ある程度まとまった金額が用意できていることが望ましい。(一例として、100万円~旧有限会社の設立基準の300万円程度)また、創業融資の制度によっては、融資を希望する金額の10分の1から2分の1が必要になるケースもある。また、現物出資も可能だが、500万円を超える現物出資を行う場合は、税理士などの証明を受けた場合など一定を除き、検査役の選任が必要となる
発起人が割当てを受けるべき株式についての同意書を作成 法務局の記載例を元に、発起人が払い込むべき金額と普通株式の株数を記載し、発起人全員が記名・押印する
設立時募集株式についての発起人の同意書 法務局記載例を元に、会社が設立の際に発行する募集株式に関する事項を定める。
・設立時募集株式の数
・設立時募集株式の払込金額
・設立時募集株式と引換えにする金銭の払込みの期日又はその期間
株式申込書を作成 法務局記載例を元に、出資者それぞれの株式申込書を作成、申込者に記名・押印してもらう
本店及び支店所在地場所決定書を作成 法務局記載例を元に、本店・支店の所在地を決定
発起人会議事録を作成 会社を設立する上での中心人物で集まり、発起人会を開催、議事録を作成する。
□タイトルは発起人会議事録とする
□発起人会の開催日・出席者・決議への賛同者(もしくは全会一致)を記載
□設立時取締役の氏名を記載
□設立時取締役の中から、設立時代表取締役の住所・氏名を記載
□本店所在地を記載
□書類作成日を記載
□社名・発起人全員の記名・押印を行う
創立総会の議事録を作成 法務局の記載例を元に、下記の事項を明確にする。
・創立総会の開催場所、日時
・設立時株主の総数
・設立時発行株式の総数
・議決権を行使することができる設立時株主数
・議決権の総数
・出席した設立時株主数
・議決権の総数
・出席発起人名(議長)
・議事録作成者
・出席設立時取締役氏名
・設立事項の報告
・定款承認
・設立時取締役の選任
・会社法第93条の調査報告(発起人による出資の履行及び第63条第1項の規定による払込みが完了している旨の確認)
・議案の終了時間
・議長・設立時取締役の署名
・議事録が複数ページになる場合は、各ページの綴目に議事録の記名押印者1名の契印が必要
代表取締役・取締役に印鑑証明を取得してもらう 公証人役場と法務局、それぞれに1部ずつ印鑑証明の原本を提出する必要がある。印鑑証明については、委任状での代理取得ができない。印鑑証明の原本を還付してもらうこともできるが、手続きの迅速化や万一の予備の意味でも、1人2通ずつ取得しておくことが望ましい。なお、印鑑証明の有効期間は発行日より3ヶ月なので、取得のタイミングに注意
その他必要書類の作成 その他、法人の形態などにより、必要書類を作成する
法人の印鑑作成 法人の名称・所在地が決定し次第、法人印(代表者印・角印・銀行印)、ゴム印などを作成する
会社の定款を作成する 会社設立時に決定する事項として、最低限決めておく必要のある事項は下記の通り。法務局のホームページに定款・必要書類の記載例や日本公証人連合会のホームページに定款の記載例があるので、参考にするとよい。個人が設立する通常の会社の場合は、中小会社1 小規模会社Ⅰ(株式非公開、取締役1名、監査役非設置、会計参与非設置)のケースが適していると言える。
□商号
□(会社の事業)目的
・行う予定の事業はできるだけ盛り込む
・金融業など一部業種の名称が目的に入っていると融資が受けられないケースもあるので注意
・許認可などが必要な場合、事業の業種を盛り込む
□本店所在地(住所)
□決算の公告方法(官報・新聞広告・Web公告)
□発行可能株式総数
□株券の不発行
□株式の譲渡制限(株式を他社に譲渡する場合に、条件をつける)
□基準日
□株主の住所等の届出
□株主総会の招集時期
□株主総会の招集権者
□招集通知(何日前までに通知するか)
□株主総会の議長
・大半のケースで、取締役が行う
□総会決議に関して
・基本的には決議を過半数の議決を持って定める
□株主総会の議事録作成に関して
・開催日時・場所その他諸規定や作成方法、保存年限、保存場所を定める
□取締役の員数
□取締役の資格
□取締役の選任条件
□取締役任期
□事業年度
・期初・期末を定める
□剰余金の配当
株主配当をいつ行うか定める
□配当の除斥期間
□会社設立に際し出資される財産価額
・資本金のこと
□最初の事業年度の期間
・12ヶ月でなくても良い
□設立時取締役の氏名ほか
□発起人の氏名、住所及び設立に際して割当てを受ける株式数と払い込む金銭額
□法令の準拠
・定款に定めていないことは、会社法を初めとする法令に沿うという標記
□定款作成日
□発起人の記名・押印(実印)
以上、必要最小限の事項であっても、定めるべき事は多岐にわたる
資本金を振り込む 出資者全員が、発起人個人の口座に、自分の名前で出資金を振り込む。自身が発起人の場合であっても、自分の口座に自分の名前で振り込む必要がある
資本金の額に関する払込みの書面を作る 代表者の個人口座に振り込んだ通帳を、
・銀行名、支店名、口座番号
・通帳の名義人が代表者と同一であることがわかる写し(通帳の表紙など)
・振込人の名義と振込日・金額(わかりやすいようにアンダーラインかマーカーを)
(インターネットバンキングの場合は入出金明細でOK)
上記が記されていることを確認。
その際に、「払込みがあったことを証する書面」を作成、
・設立時発行株式数
・払込みを受けた金額を記載
株主名簿を作成する 株主名簿の作成は会社法で義務とされており、例え発起人1人、出資者1人の1人会社でも作成は必要。
□株主の氏名
□住所
□株主の所有株式数
□株式の取得日
をエクセルなどで表にする必要がある
発起人決定書を作成する 発起人が誰であるかを明文化した書類を作成する。
□発起人決定書という表題
□各人が割り当てを受けるべき株式の数及び払い込むべき金額を記載
資本金の額の計上に関する証明書を作成する 法務局の記載例を元に、下記の事項の証明書を作成する。
・払込を受けた金銭の額
・給付を受けた金銭以外の財産の給付があった日における当該財産の価額(会社計算規則第43条第1項第2号)
・資本金の額に相違がないことの証明
(なお、金銭出資のみの場合は、資本金の額の計上に関する証明書の添付は不要)
代表取締役・各取締役・各監査役に、就任承諾書・法務局向けの委任状・公証人役場向けの委任状をそれぞれ作成、記名押印を依頼 法務局の記載例を元に、就任承諾書を作成。原則実印を押印

以上が、初期段階での準備手続きです。実際に表をご覧いただくとわかるように、手続きのために用意する書類が相当数あり、また振込や委任状の取得など会社設立の中心人物以外から印鑑を取得するケースもあるため、段取りに間違いがあると、他の協力者に迷惑をかける場合もあります。

そのため、会社設立のプロセスは、順を追って着実に進めていくことが必要です。

4-3 定款認証と登記手続き

次に、公証人役場での定款認証の手続きを行います。合同会社の場合は定款認証不要ですが、株式会社の場合は、必ず、公証人役場にて、公証人の定款認証の手続きを行う必要があります。

(表9)

会社設立予定地の公証人役場に連絡 公証人役場に連絡し、会社設立の手続きをしたい旨伝える
定款チェック 定款の原案・発起人全員の印鑑証明書・委任状の送付(FAXかメール)
・公証人役場の指摘に従った原案の修正
・(問題なければ)定款認証の手続時間の予約
代表者の公証人役場訪問・定款認証手続き 予約した時間に下記のものを持参し定款認証手続きを行う。なお、原則平日の9時~17時までの営業なので注意。
・定款の原本(電子定款でない場合は、4万円の収入印紙を押印)
・発起人全員の印鑑証明書原本
・委任状
・手数料(約5万2千円)
(なお、公証人役場によるが、それぞれの書類の間に、契印が必要なケースも多いので、最初のうちに確認しておくこと)
・その他指示された物(電子定款の場合はCD-R)など
・運転免許証、顔写真入りマイナンバーカードなど本人確認ができる書類

公証人役場での定款認証が無事完了すると、今度は法務局への登記申請の手続きです。

また、法務局での登記手続きは、公証人役場での定款認証とはまた違った側面で細かいケースがあるので注意しましょう。

特に、法務局での手続きは、押印する印鑑の数が非常に多いです。慣れている人でも、個人の実印(認印)・法人の実印を、違う場所に押してしまうケースというのはざらと言えます。そのため、慎重にどの印鑑かを確認しながら押印を行う必要があります。

(表10)

法務局に事前相談予約 平日に、電話で相談予約をしたあと、法務局に書類一式を持参。書類の内容に問題がないか確認
書類を順番通りに綴る 法人の形態により異なるが、法務局の書類を参考にする。
□株式会社
・登記申請書(最後に印紙貼付用の1枚紙をつけ、登記申請書と契印を行う)
・公証人役場での定款認証済みの定款
・資本金の払い込みを証する書面
・発起人決定書
・役員の就任承諾書
・役員の印鑑証明書(原本)
・調査報告書(現物出資有りの場合)
・財産引継書(同様)
・資本金の額の計上に関する証明書
・OCR用申請用紙かCD-R
・印鑑届出書
・印鑑カード
□合同会社等持分会社
・登記申請書(最後に印紙貼付用の1枚紙をつけ、登記申請書と契印を行う)
・定款
・資本金の払い込みを証する書面
・代表社員決定書
・業務執行社員の就任承諾書
・代表社員・業務執行社員の印鑑証明書(原本)
・調査報告書(現物出資有りの場合)
・財産引継書(同様)
・資本金の額の計上に関する証明書
・OCR用申請用紙かCD-R
・印鑑届出書
・印鑑カード
を、指示通りの順番に綴る。
また、補正に備えて、提出直前に全ページのコピーを取ることが望ましい
印紙売場で収入印紙を購入、登録免許税を納付 書類全体に問題がないことを確認した後、登記申請書の裏面に、印紙を貼付。株式会社の場合最低15万円から、合同会社の場合最低6万円からとなる。消印は法務局で行うので、自分では消印を絶対に行わないこと。また、万一自分で消印をしてしまった場合は、法務局に事情を話し、指示を仰ぐこと
法務局の商業登記窓口に書類を提出 窓口で基本的なチェックが行われ、形式上大きな問題がないと推定されれば、書類一式が受理される
登記官による登記申請書の審査 登記官が登記申請書に誤りがないか、厳密に審査を行う。万一不備があれば、登記官より電話連絡で訂正指示を受けるので、窓口か郵送で戻してもらい、訂正する。問題がなければ、概ね3~7営業日で登記が完了する
登記事項証明書の取得 登記完了後、登記事項証明(全部事項証明書)を法務局で3部程度、余裕を持って取得しておくと良い。銀行口座開設、融資、物件賃貸、社会保険、税金関連、許認可手続きなど様々な局面で活用する。
印鑑カードの交付申請 法人用の印鑑カードの交付申請を行い、印鑑カードを受理。法人用の印鑑証明書類の交付に用いるため、大切に保管しておく

この段階で、会社設立に関する手続きは、完了したといえます。しかし、この後も、「会社設立完了後の手続き」が多く残っており、こちらの方も早めに完了させる必要があります。

4-4 会社設立後の諸手続

会社設立後の手続きも、非常に多岐に渡ります。

(表11)

提出先 提出書類 提出する場合 期限
税務署 法人設立届出書 必ず 会社設立日から2ヶ月以内
税務署 給与支払事務所等の開設届出書 給与支払事務所等を開設した際 給与支払事務所等の開設から1ヶ月以内
税務署 源泉所得税の納期の特例に承認に関する申請書 源泉所得税の納期特例を受ける場合 納付の特例を受ける月の初日にの前日まで
税務署 青色申告の承認申請書 青色申告の承認申請を受ける場合(大半の場合、税制優遇などもあるため提出する) 会社設立から3ヶ月以内
税務署 消費税課税事業者選択届出書 消費税の課税事業者を選択する場合 設立第一期の終了日まで
税務署 消費税簡易課税制度選択届出書 消費税課税で簡易課税を選択する場合 設立第一期の終了日まで
都道府県税事務所 法人設立届出書 必ず 都道府県の規定による
市町村(東京23区は不要) 法人設立届出書 必ず 市町村の規定による

まず税金・税務署関連だけでこれだけの届出があります。

これに加え、社会保険労務関連の届出も複数あり、かなりのボリュームとなっています。

(表12)

提出先 提出書類 提出する場合 提出期限
年金事務所 健康保険・厚生年金保険新規適用届 会社設立をした際(義務あり) 会社設立日から5日以内
年金事務所 健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届 会社設立時または新規従業員雇用時 会社設立日または入社日から5日以内
年金事務所 健康保険被扶養者異動届 被保険者に扶養者がいる場合 できる限り早く
年金事務所 国民年金第3号被保険者資格届 被保険者に被扶養配偶者がいる場合 第3号被保険者に該当後14日以内
労働基準監督署 適用事業報告届 従業員・パートを雇用した際(業務委託は除く) 労働基準法の適用事業となってからできるだけ早く
労働基準監督署 労働保険関係成立届 従業員・パートを雇用した際(業務委託は除く) 従業員を雇った日から10日以内
労働基準監督署 36協定書(さぶろくきょうていしょ) 従業員に時間外・休日労働をさせる場合 時間外・休日労働を行う日の前まで
ハローワーク 雇用保険適用事業所設置届 雇用保険に加入する従業員を雇用した場合 従業員を雇った日から10日以内
ハローワーク 雇用保険被保険者資格取得届 雇用保険に加入する従業員を雇用した場合 従業員を雇った日の翌月10日まで

以上、ここまで必要な手続き・書類を見ていただくと、自分だけで手続きを完了させることがいかに大変か、おわかりいただけるかと思います。

会社設立にかかる時間・エネルギーなどを考えると、会社設立の代行業者・専門家に任せた方が、様々な意味で負担が少ないかと思います。

5 会社設立で注意すべきポイント

会社設立で注意すべきポイント

ここまで、会社設立の手続き面でチェックリストを提示しましたが、会社設立時や会社設立後に注意すべきポイントも多く存在します。

5-1 会社設立時に注意すべきポイント

会社設立時に注意すべきポイント

□家族の理解を得ているか

会社を経営していく際、家族の理解があるかは大きなポイントとなります。会社設立時は、どうしても仕事が中心になり、家の事よりも仕事の事を優先せざるを得ない局面が多く出てきます。

また、収入面でも、安定すれば問題ないですが、それまでは限られた給料で生活するなど、生活環境が変わる可能性があること、仕事を優先することに家族が納得し、足を引っ張る行動をしないかは大切なポイントとなります。

□尊敬できる経営者の先輩・メンターがいるか

会社経営では自分がトップとなる分、間違いをしても誰も指摘したり、叱ってはくれません。また、目標とする経営者がいないと、どれだけ自分が努力しているか、成果に繋がる行動をしているかの基準がぶれてしまいます。

適切な目標となる経営者や、悩みや愚痴を相談できる経営者の先輩がいるということは心強いですし、経営者同士の会合で、さまざまな人と関わる中で、目標にしたい人物を考えても良いでしょう。

□現在会社勤めである場合、きちんと最後まで業務をやりきって退職できるか

起業で会社を退職する場合であっても、最後まで仕事にきちんと取り組むことは重要です。立つ鳥跡を濁さずという言葉がありますが、ぜひ周囲や今後の自分のためにも、最後まで業務に取り組み退職するという姿勢は大切です。

□経営のゴールを考えているか

自分が設立した会社の出口戦略を最初に考えておくことは重要です。
会社の出口としては、上場・売却・清算・次世代への継承の4種類があると言えます。

①上場

様々な意味で会社のステージが上がり、理想ではありますが、経営者・役員は公私共々厳しい制約を受け、自由な生活・発言ができなくなります。ふと誰かに酒の席で話した自社のことが、インサイダーになる可能性さえあります。また、自社の株価や業績を常に気にする必要があり、株価が下落すれば、株主総会で矢面にも立たされる恐れがあります。

当然、上場企業の創業者として尊敬される立場にはなりますが、同時に多くのストレスもつきまとうと考えた方が良いでしょう。

②売却

近年は会社のM&Aも一般化し、自社を売却するということが比較的メジャーになってきました。ただ、会社を売却する際には、様々な条件や従業員からの意見が出てくる可能性は踏まえておく必要があります。

③清算

ある程度こぢんまりと経営を行い、最終的には自分の代で閉めるという考えです。ただ、ある程度会社を経営し、伸びしろの面で厳しいと判断した上での清算ならともかく、会社設立当初から、清算を会社の出口に考えるのは、もったいないと言えます。

④次世代への継承

身内であれ、見込みのある従業員であれ、会社を次の世代へ継承していくというのは一つのあり方と言えます。

会社というのはゴーイングコンサーン、つまり事業の継続を前提としており、理想としては自分に何かがあった後でも、きちんと自身が立ち上げた企業が次世代に引き継がれることです。自身が立ち上げた企業が次世代へスムースに継承されるのは、一つの理想的な出口戦略といえます。

□知恵・知識に対して対価を支払うという発想ができるか

何事も「自分でやればタダ」という発想は、こと経営においてはあまり望ましいと言えないでしょう。費用自体は無料でも、自分自身の人件費・労力はかかっていますし、その労力の分をもっと利益の出る事業に振り分ければ、人にやってもらった方が効率的と言えます。

法人設立も同じで、自分で手続きをしようと思えば、資料は多いですし時間はかかりますが、自分で行うことも可能ではあります。

しかし、自分で会社を設立する手間がどれくらいの物かというのは、前述のチェックリストをご覧いただければ想像が付くと思います。専門家に任せれば、1週間から3週間程度で完了する手続きでも、自分で行おうとすると、それ以上に時間がかかる可能性が多分にあります。

加えて、手続きを自分でやったことに満足してしまい、他の収益に繋がる行動が取れなくなってしまっては本末転倒です。経営者として、自分の時間やエネルギーを価値のある物として見積もり、他の人・業者に依頼できることは依頼するという発想が大切です。

□借入アレルギーや無借金経営へのこだわりはないか

個人の場合、どうしても「借金」というのは負のイメージで見られがちです。しかし、法人経営の場合は、借入を通した資金調達で事業拡大ができますし、金融機関に借りて返すという返済実績を作ることで、より大きな額の資金調達が期待できます。

一方、無借金経営にこだわっていると、2020年初頭からの新型コロナウイルス流行のように、経営環境どころか人々の行動、購買志向まで変えてしまう事態が起こってしまったとき、いざ金融機関から借入をしようとしても、既存の取引先に比べ融資のスピード・審査の厳しさなどで不利になってしまいます。補助金・助成金・支援金などにしても、すぐに給付されるとは限らず、雇用調整助成金のように、相談数と実際に実行された助成の数が大きくかけ離れている施策もあります。

借入は、企業においては大切な戦略の一つです。無借金経営という聞こえがいいですが、新型コロナウィルスのような有事の際は、よほど手元の現預金をしっかり有していない限り、すぐにキャッシュが尽きてしまいます。売上減少に対する支援金や、雇用調整助成金等の仕組みもありますが、支給までに時間がかかったり、制度上手続きに手間がかかる、金額が心許ないなど課題も多くあります。

金融機関や日本政策金融公庫など、まっとうな金融機関からの借入に抵抗をもたないことは重要と言えます。

□時代の転換点をチャンスと前向きに捉えることができるか

2020年初頭より流行し、日本経済の風向きを一気に変えてしまったのが新型コロナウイルスといえます。この問題で多くの企業がダメージを受けています。この環境下で起業をするというと、どうしても周囲の人は様々な意見を出してくる可能性は否めません。

しかし、厳しい環境下だからこそ、「厳しい状況を前提にした堅実な経営」に目が行くようになりますし、優秀な人材を好況時よりも雇いやすくなります。また、今回の新型コロナウイルスに関しては、様々な産業の構造をがらりと変えてしまう、ゲームチェンジャーのような存在でありますので、これまででは規模で勝てなかった強豪にも、違う戦い方で勝ったり、業界内で自社のポジションを確保できる可能性もあります、

加えて、これまでのあらゆる事象に対し、根本的な見直しが強く迫られていることも事実です。密集・密接しないことがよしとされ、これまでの対面・接待・展示会など人の集まるシステムは、当面厳しくなるでしょう。一方、既存のシステムに変わる新しい手段・ツールやニーズがある製品を販売できると、大きな強みになります。

例えばインサイドセールスのシステムについても、これまでは「直接営業した方がいいのに、わざわざビデオ通話を使うのか」という印象がありました。しかし、新型コロナウイルスの影響など、外出・直接対面等ができない、歓迎されない状態になると、必然的に「物理的に会わずに成約するシステム」が求められるようになります。

多くの企業に取って、製品の良さを伝える営業は必要不可欠な行為です。しかし、社会状況・空気を踏まえると、これまでのやり方を変えなければならない、しかしどうすれば・・・というのが現実的な悩みでしょう。

とはいえ、どんな状況下であっても、企業も個人も、自分たちの不便を解消してくれるツール・商品であり、購入できる金銭的な余裕があれば、積極的に購入します。社会環境・衛生環境の変化は、これまで流れていたお金の方向が変わるというサインでもあり、もしその流れに対応できる商品を提案できれば、とても強いと言えます。

例えば、今は無駄を削ろうという動きが多くの企業で起こっています。テレワークを導入した企業も多く、これを機に、これまで放置していた無駄を削ろうという企業も少なくないでしょう。

例えば、オフィスのコスト削減コンサルで、年間6,000万円かかっていた固定費を年間3,500万円に圧縮できれば、それだけでも企業にとっては魅力的と言えます。仮に数百万の報酬をいただいても、先方にはその数倍のコスト削減がもたらされるわけです。

5-2 会社設立後に注意すべきポイント

最後に、会社設立後に、特に経営面で注意すべきポイントをまとめていきましょう。

会社設立後に、特に経営面で注意すべきポイント

□固定費をできるだけ増やさない

先ほどの新型コロナウイルスの話題とも重複しますが、固定費が大きければ大きいほど、アクシデントが発生した際のダメージが大きくなります

オフィスは必要最小限のスペースにする、人員もコアメンバーに絞り、外部委託できることは、業務委託契約やクラウドソーシングの形で外部に委託するなど、なかなかすぐには削れない固定費を、できるだけ増やさないように配慮しておくことは重要でしょう。

□儲かり始めても調子に乗らない

2019年・2020年初頭と、2020年2月頃からでは、日本の空気が一変したと言っても過言ではありません。2020年の初めは、東京オリンピックも開催され、日本も景気回復という勢いがありましたが、新型コロナウイルスの発生と蔓延、それに伴う様々な自粛生活で、一気に多くの業種がダメージを受けることになりました。

このように、経営には、考えられない「まさか」があります。

新型コロナウイルスはその最たる物ですが、過去のバブル景気からのバブル崩壊、都心部でのプチバブルからのリーマンショック、東日本大震災など、普段想定し得ないことが不定期に起こってしまうのが、社会の怖さでもあります。

人間、景気がいいと、つい調子に乗ったりしてしまいますが、そこで天狗になり、周囲にぞんざいな態度を取ることは、感じが良いとは言えません。いざ景況感が一変すると、周囲の人が誰も助けを差し伸べてくれない可能性があります。だからこそ、うまくいっているとき、儲かっているときこそ謙虚に、おかげさまの精神でいることは大切と言えるでしょう。

□必要以上に節税に走らず、税金を払って内部留保を確保する

経営者にとって、「節税」という言葉は、非常に魅力的なものかもしれません。しかし、節税をするためには、何らかの支出が伴います。無理して不要な物の購入、サービスの導入で節税に走るよりも、税金を払ってでも内部留保を手厚くし、何らかのイレギュラーな事態に対応できる財務基盤作りも重要といえます。

もちろん、「法律・ルールの中で行う節税」については、適正に行い、対策すべきところは対策を行い、支払うべき物は支払うという姿勢が望ましいと言えます。

6 まとめ

まとめ

いかがでしょうか。フリーランスや個人事業主の場合、法人に比べれば作製する印鑑の種類は少なく、一個の印鑑の汎用性も高いのですが、一方では、プライベートと事業での使い分けができずに混同してしまい、印鑑管理のずさんさから思わぬリスクを抱え込んでしまうことにつながりかねません。したがって、法人ではなくとも、事業を行う場合には、事業用の認印や銀行印を準備することが肝要です。また、この記事で解説した通り、官公庁への申請手続き等で電子申請が認められるものも多いため、印鑑と電子署名とを使い分けることも可能です。このような点も含め、この記事をご参考いただければ幸いです。

また、会社設立の手続きについて確実なのは、会社設立の代行業者や専門家のようなプロフェッショナルに依頼を行うことと言えます。現在はテレビ会議等の打ち合わせやビジネスチャットなどITでの対応に通じた専門家も多いので、相談してみるのも一案です。