マーケティングなど経営に関する手法は様々なものが考案され利用されていますが、昨今では「デザイン思考やデザイン経営」が注目を浴びています。

「デザイン経営」は、デザインの力で「ブランドの構築」や「イノベーションの創出」をもたらすもので、現代のビジネス環境で成功するために必要な経営手法として認識されてきているのです。

そこで今回の記事では、「デザイン思考とデザイン経営」の特徴やメリット、必要とされる理由、取組事例、会社設立時や開業後におけるデザイン経営の始め方およびそのポイントなどを詳しく解説します。

デザイン経営やデザイン思考に興味のある方、自社のビジネスにデザイン経営を取り込んでいきたい方は、参考にしてみてください。

1 デザイン思考とデザイン経営の主な内容

デザイン思考とデザイン経営の主な内容

デザイン思考(Design Thinking)を簡単に表現すると、それはデザイン(設計)する場合のプロセスを活用してユーザーのニーズや課題を定義し、解決策を見いだす思考様式(マインドセット)のことと言えるでしょう。

この「デザイン」とは、形状、配色やレイアウトなどの意匠や装飾のことだけではなく主に「設計」を意味します。そして、このデザインは顧客のニーズを満たす、課題を解決するための方法として利用されるのです。

顧客のニーズをくみ取り、新しい価値や可能性を発見し、彼らの課題を解決するための一連の活動を思考することが「デザイン思考」になります。

そのため製作・考案した製品やサービスの品質・性能などの向上を図ることだけでなく、その製品・サービスを求めるユーザーやそのニーズを理解することがデザイン思考のスタート地点です。この点において、自分の感性で作品の魅力を追求する「アート」とデザインとの違いが理解できるでしょう。

もちろんデザインには意匠面やクリエイティブな部分も含まれビジネス上でも重要となりますが、ユーザーが求めるニーズを満たす、課題を解決することが前提になっているのです。

なお、デザイン思考では、仮説を立ててユーザーのニーズを探り製品化や市場化を進めて行きますが、その過程では検証が伴います。問題が発見されれば、関係者が集まって話し合い(ブレインストーミング等)、解決案を出して実行する、といった仮説と検証(試作品によるテスト等)が繰り返されゴールへと進むのです。

1-1 デザイン思考とは

デザイン思考とは

デザイン思考の考え方がいくつか見られますが、ここでは、ハーバード大学デザイン研究所のハッソ・プラットナー教授が提唱している「デザイン思考の5ステップ」というモデルを紹介しましょう。

Step1:共感

「意味あるイノベーションを起こすには、ユーザーを理解し、彼らの生活に関心を持つ必要がある」

共感のステップは、人間中心を原則とするデザイン思考のプロセスにおいて、そのコアになる重要な段階です。この共感は、デザインの対象なる課題を抱える人々(ユーザー等)を理解する作業を意味します。

人々がどのように・なぜ行動するのか、身体的・感情的なニーズは何か、世界をどのように考えているか、彼らにとって有意義なものとは何か、などインタビューやアンケートをしたり、観察したりして、ユーザーが何を本当に求めているのかを見つけ出していく取組が共感なのです。

そのため共感では、ユーザーからの情報を鵜呑みにせず、表面的な情報を単純に解釈するのではなく、彼らの本音の部分に注意が払われます。

Step2:問題定義

「正しい問題設定こそが、正しい解決策を生み出す唯一の方法」

共感で収集したユーザーやその周辺の情報をもとにユーザーのニーズや問題を定義することがStep2の「問題定義」です。ユーザーが本当に欲するモノや実現したいこと、見え隠れする課題などを探り特定していくことがこのステップの作業になります。

この問題定義では、ユーザー等とのインタビューや観察などで得た情報の中で傑出した内容や注意を引く点などを掘り下げるといった洞察が必要です。たとえば、「英語を話せるようになりたい」というニーズがあり、「英会話の能力を向上させたい」という課題がある場合、そこに隠れている潜在的なニーズや課題を特定していくという深堀が求められます。

「希望の大学の入試で合格するため」や「就職で有利になるため」などの真のニーズや課題を探り本当にユーザーが実現したいことを定義することが重要です。

Step3:創造(Ideate)

「正しいアイデアを見つけるためではなく、可能性を最大限に広げるために行う」

Step3は、アイデアの創出に着目したプロセスで「概念化」と呼ばれることもあります。この創造とは、これまでの問題定義から解決策へと繋げるためのアイデアの創出であり、より妥当性のある解決策にたどり着くための可能性を広げる創造行為なのです。

特にプロジェクトの初期においては、この創造行為が自分達の選択し得るアイデアの幅を拡大させるものとして扱い、1つの最善策を特定する行為ではありません。何がベストの解決策であるかの判断は、後のステップで実施される「テストとフィードバック」に基づきます。

具体的な作業としては、ユーザーのニーズや実現したいことを定義した後に、それを解決するためのアイデアを多く出しあっていくことです。特定のプロジェクトの問題に対してチームで意見をブレインストーミングなどによりどんどん出し合って、解決策の可能性を広めていきます。

Step4:プロトタイプ(Prototype)

「考えるために作り、学ぶために試す」

Step4は、アイデアを最終的な解決策に近づけるためにアイデアの実体化を繰り返す(製品・サービスの試作)段階です。アイデアを試作品として作ってみるとユーザーのニーズから離れていたり、様々な欠点があったりするという問題が浮かび上がります。

そして、それを繰り返すことでアイデアを最終的な解決策、完成品へと近づけられるのです。従って、この段階は、試作品を作り最終的な解決策に至るための情報収集と確認行為のプロセスになります。アイデアを形にすることで問題点が把握でき、最善策へと昇華できるのです。

作業方法としては、まず創造を経て固まってきたアイデアの中からプロジェクトチーム内で支持されたものを試作品として製作していきます。初期においては時間や費用をあまりかけずに手早く形にして、問題点や新たな視点などに気づくことが重要です。

その発見した問題点等を改善したり、内容を修正したりして、また試作品をつくりアイデアを最善策へ近づけていくのです。なお、試作品としては、実際に製品化するといった行為だけでなく、ユーザーが何らかの経験ができる行為でも構いません。

たとえば、ロールプレイング活動やストーリーボード(製品・サービスのユーザー体験をイラストや画像を使ってストーリー化する手法)による説明などでもよいです。

Step5:テスト

「テストは、自分の解決策とユーザーについて学ぶための機会」

Step5のテスト段階は、プロジェクトチームで進めてきたプロトタイプについて、ユーザーに試してもらいのその利用からのフィードバックをもとにアイデアをブラッシュアップする活動です。言い方を変えると、デザインの対象となる人との共感を高めるための行為とも言えるでしょう。

ユーザーに試しで利用してもらい、仮定したニーズが妥当だったか、そのニーズついて試作品がマッチしているか、などをこのテストで確認してより望ましい製品やサービスへと創り上げることが目的になります。

フィードバックを得たら、必要に応じてステップ1~5の手順を素早く繰り返していきます。そうすることで最善策に近づけるのです。なお、このステップの順序は順番通りに進むとは限らず、逆戻りしたり、同時並行的に進んだりすることもあります。

また、ユーザーに試してもらう際には実際の使用環境で使ってもらうことが重要です。新製品や新サービスでもあっても実際に利用されるような環境や状況で使用してもらうようにしましょう。

以上のような「デザイン思考」が、製品開発や事業開発で利用されるようになってきたのです。

1-2 デザイン経営の姿

デザイン経営とは、デザイン思考に基づいて課題を解決していく経営方法と言えますが、ここでは2018年に経済産業省・特許庁が公表した「『デザイン経営』宣言」を中心にその内容を説明しましょう。

1)「デザイン」とその役割

デザイン経営・宣言で認識されている「デザイン」は、「企業が大切にしている価値、それを実現しようとする意志を表現する営み」と示されています。具体的には、デザインが個々の製品の外見を好感度の高いものにするだけでなく、ブランド価値を生み出す存在として位置づけられているのです。

顧客が企業との接点で得られる全ての体験に、企業が伝えたい価値や意志をブレさせずに一貫したメッセージとして伝え、他の企業では代替できないと顧客が感ずるようなブランド価値を提供することが「デザイン」の役割になります。

また、デザインは、イノベーションを実現するための原動力になり得えます。何故なら、デザインは人々が認識できていないニーズを掘り起こし、ビジネスとして具現化する活動にほかならないからです。

デザイン思考のステップやそのプロセスを辿ると、供給側の思い込みを排除し、顧客等を観察して、気づいたニーズを、企業の価値と意志に照合させて課題解決に向けた最善策を得る、ということが可能になります。

その結果、誰のために何をしたいのかという原点に立ち戻るとともに、既存の経営に縛られない新たな事業の推進も可能となるのです。このような「デザイン」を活用した経営手法が「デザイン経営」と呼ばれています。

そのデザインの具体的な役割として、以下のような内容が挙げられています。

  • ①ブランド構築のためのデザイン=企業の持つ哲学・美意識を表現するもの
  • ②イノベーションのためのデザイン=顧客に内在する潜在的ニーズ、事業の本質的課題を発見、技術と併走し課題解決を行うもの
  • ③製品・サービスのコンセプト、外観、機能性、UIを含む顧客体験の品質を向上させるもの

以上の役割を有するデザイン経営を行うことで、「ブランド力向上+イノベーション力向上」が図ることができ、結果として「企業競争力の向上」が期待できるのです。

2)デザイン経営の定義

デザイン経営・宣言では、「デザインを企業価値向上のための重要な経営資源として活用する経営」のことを「デザイン経営」と定義しています。つまり、デザインを重要な経営資源として活用し、ブランド力とイノベーション力を向上させる経営手法がデザイン経営の姿なのです。

また、デザイン経営は、デザインを企業の経営戦略の軸として位置づけて事業を推進する経営、とも見なされていますが、その最低必要条件として以下の2つが示されています。

  • ①経営チームにデザイン責任者がいること
  • ②事業戦略構築の最上流からデザインが関与すること

デザイン責任者とは、「製品・サービス・事業が顧客起点で考えられているかどうか、またはブランド形成に資するものであるかどうかを判断し、必要な業務プロセスの変更を具体的に構想するスキルを持つ者」のことです。

デザイン経営・宣言の中では、デザイン経営を進めるために、この2つの条件を満たすほか、その他の具体的な取組内容が紹介されています(P7)が、詳しい内容は後述します。

2 デザイン経営が求められる背景およびそのメリット

デザイン経営が求められる背景およびそのメリット

ここではデザイン経営が何故必要とされるのか、導入することでどんなメリットが得られるのか、について説明しましょう。

2-1 デザイン経営が必要とされる理由

デザイン経営が求められる理由は、これまでの経営手法だけではユーザーニーズに対応した製品・サービスを提供することが困難となっており、それを解決する手法としてデザイン経営が期待されているからです。

ビジネス環境は時代の流れとともに変わり、製品やサービスの内容や提供方法のほか、買手である消費者や企業などの購買態度も変化してきました。この変化には生活インフラや科学技術等の社会システムが発展するに伴い、その影響を受けた結果と言えるでしょう。

産業や科学技術等の発達が未熟で人々の生活水準が現代よりも低い時代では、モノの供給が足りない上に庶民の購買力も低かったため、その購買行動は主に暮らしを維持するために必要なモノやサービスの購入が中心でした。

たとえば、供給側は製作が可能なものをつくり、購入側は必要なものだけを購入するといった時代です。しかし、産業が発展していくと人々は仕事を確保して収入を増し、以前よりも購買力がついてくるとより生活を豊かにするためのより良い製品・サービスを求めるようになります。

その結果、供給側が人々の求めるより良い製品等をできるだけ多く提供するという方法が取られるようになったのです。つまり、良い製品等を作って多く売るろう、というプロダクトアウト志向の経営手法が取り入れられるようになりました。

しかし、需要が拡大する市場では参入者は増加し、類似した商品が溢れるに伴い競争も激しくなっていき、これまでのプロダクトアウト志向の経営では通用しなくなってしまいす。

そうした供給者の多い市場では、購買力を高めた買手は、自分の希望に最も近いモノを選ぶことができるようになるため、供給者としては買手の希望(ニーズ)を捉えた製品・サービスの提供が不可欠となるのです。つまり、マーケットインの志向に基づく経営が求められるようになります。

現代社会は様々な分野で技術が発展し、高度な情報化社会となっており、インターネットを通じた製品・サービスの提供が当たり前の時代になってきました。その結果、人々や企業などの買手は、様々な情報をもとに本当に自分が欲しいモノ、適したサービスを見い出し購入することが容易になったのです。

また、現代の消費者は、購買において「体験」を重視する傾向が強まっています。顧客体験とは、顧客が製品・サービスを認識した時点から、購入して利用し続けるまでの、売手側との接触で行う評価のことで、その一連の体験(評価)が購買の決め手になるのです。

実際に手にする、着てみる、使ってみる、といった使用に関する体験のほか、店舗に行く、店員と話す、WEBサイトで購入手続する、商品を配送してもらう、支払う、という購買にかかる手続や行動などの体験の善し悪しが、現代の買手の購買決定に大きく影響します。

そのため、いくら技術的なイノベーションを起こして製品化しても現代では購買体験に対応した製品・サービス、対応したマーケティングでないと市場で受け入れられる可能性が小さくなってしまうのです。

逆に購買体験に基づいて顧客のニーズを把握して提供すれば、彼らからの支持が得られやすくなります。そして、そうした購買体験に沿ったニーズを把握するにはデザイン思考の利用が有効となるのです。

デザイン思考(経営)は、既に確認したとおり、様々な角度からユーザーのニーズを観察し、見え隠れるするニーズを漏らさず掘り越していく作業を伴うため、近視眼的なマーケティングでは実現困難な購買体験に基づくニーズの発見を可能にします。

2-2 デザイン経営に取り組むメリット

企業がデザイン経営を行うことで、どのようなメリットが得られるのか、説明しましょう。

デザイン経営に取り組むメリット

1)収益や株価の向上

企業が必要な投資を行い、デザイン経営を行えば、収益増大や株価上昇などの効果が期待できます。たとえば、先のデザイン経営・宣言のP5や「デザインと産業競争力に関する先行研究と初期的提案」では以下のような投資効果が確認できるのです。

  • ・British Design Councilは、デザインに投資すると、その4倍の利益を得られる、と指摘している
    ⇒1£(スターリング・ポンド=英国通貨)のデザイン投資に対して、営業利益が4£、売上は20£、輸出額は5£増加した、と示されています。
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  • ・Design Value Indexは、S&P500全体と比較して過去10年間で2.1倍成長したと発表している
    ⇒S&P 500企業中、デザインを重視する企業(アップルやコカ・コーラなど16社)とその他の企業の株価の変動を調査した結果、デザインを重視する企業の株価は、S&P 500全体と比較して、過去10年間で2.1倍成長していると示しているのです(2006年時点の株価を100とした時の2016年時点の株価で比較)。
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  • ・British Design Councilは、デザイン賞に登場することの多い企業の株価パフォーマンスの高さを示す
    ⇒UKにおけるデザインを重視する企業(166社)とその他の企業について株価の変動を調査した結果、デザイン賞に登場することの多い企業(166社)の株価は、市場平均(FTSE index)と比較し、過去10年間で約2倍成長したと指摘されました。

 

2)競争力の向上

また、先の「デザインと産業競争力に関する先行研究と初期的提案」のP7では、デザインが企業の競争力を高める以下の4つのメカニズムを提供すると示しています。

  • ●自社が抱える状況と、顧客のニーズを適切に汲み取ることにより適切な戦略を立てることが出来る
    ⇒デザイン経営が、自社の強みと真の顧客ニーズを適切にマッチさせます。
  •  

  • ●正確な顧客理解に基づき、ユニークで魅力的な製品を開発することが可能
    ⇒デザイン経営は、顧客のニーズを捉え、他社との差別化を実現する製品開発に役立ちます。
  •  

  • ●結果として、産業財産権等の無形資産が増加するため長期的に得られる価値が向上
    ⇒デザイン経営により産業財産権等の無形資産が増加するとともに、他社からの模倣防止にも役立つため、長期的な収益の維持が期待できます。
  • ●デザインによるコスト削減
    ⇒ムダな機能や形状などを排除することでコストダウンも可能です。

スウェーデンにおける製造業・サービス業企業を対象とした調査では、「戦略的にデザインを活用している」と回答した企業群の営業利益率の平均は、他の企業群よりも高水準であると指摘しており、デザイン経営のメカニズムが機能すれば、競争力や業績の向上に繋がることが期待できます。

なお、「営業利益率が高水準である」ということは、本業での儲ける力が強いことを意味し、競争力が高いと判断することが可能です。

3)イノベーションの促進と実現

デザイン経営を推進することで、企業内にはアイデア提案の習慣化が進むほか、多様な意見を受入れ活用しようとする雰囲気が醸成されるため、イノベーションを促進・実現するための苗床が社内で形成されやすくなるでしょう。

また、先に確認したデザイン思考のステップやプロセスではチーム内での協力が不可欠であるため、デザイン経営の推進はチーム力の向上にも繋がり、結果としてイノベーションの実現に貢献することになります。

イノベーションの実現は直接的に業績の向上をもたらすほか、ブランド価値も向上させ(あるいは確立させ)企業の更なる発展に寄与するはずです。

4)ユーザー視点の課題解決や商品開発

ユーザーの目線・体験に基づいて求められるモノ・サービスを考え、ビジネスシステムを組立てることが事業の成功に直結すると理解していても、気付かぬうちに売手目線のビジネスに着手しているケースは少なくありません。

デザイン思考に基づくデザイン経営を実践していれば、変わりゆくユーザーのニーズや価値観に対して洞察しつづけ、それに基づいたビジネスを組立てることが容易になります。

3 デザイン経営の取組事例

デザイン経営の取組事例

ここではデザイン経営の取組について、特許庁の「『デザイン経営』の課題と解決事例」などを中心に紹介しましょう。

3-1 環境変化に対応するためのオリジナル商品の開発事例

環境変化に対応するためのオリジナル商品の開発事例

●会社概要

  • 会社名:株式会社アサヒ興洋
  • 所在地:東京都品川区南品川
  • 設立:昭和50年1月
  • 事業内容:キャラクターレジャーシートなどのピクニック雑貨、お椀、茶碗、箸などの生活雑貨、飲食店向けの食器や景品などの製造・販売

●デザイン経営の取組理由

近年ではとくに人々のライフスタイルに変化が見られ、日本人の食事の取り方および食卓のあり様が多様化してきています。

こうした変化に食器業界は十分に対応できておらず、同社もそれに対応するための積極的なオリジナル製品の開発には取り組んでいませんでした。こうした状況の中で、同社は商品デザインの重要性を認識し、それを活かす経営が必要と感じ始めていました。

●デザイン経営への取組

同社はオリジナル製品開発に向けて以下のような内容に取り組んでいます。

  • ・理念の提示
    同社は、自社の価値や顧客に対して何を提供していくのかを再認識し、「現代の日本の子育て家族のための製品づくり」を理念としました。
  •  

  • ・経営者がプロジェクトを推進
    経営者が、ユーザーニーズに即したオリジナル製品を開発するプロジェクトを立ち上げ、その自ら先頭に立って、推進されています。
  •  

  • ・ユーザーニーズの調査とそれに基づく製品化
    同社は製品開発にあたり、子育て世代の食器の収納方法、日常の食事の内容(献立等)、食事の準備に関する不満などを調査し、その収集した様々なニーズを踏まえて製品化を進めました。

和式でも洋式でも、大人でも子供でも使いやすいデザインを追求し、ラフスケッチでの検討から3Dデータでの検証も行い、3Dプリンタでモックアップを作成するというプロセスを経て、洗いやすい・しまいやすい形や、手にフィットするちょうどいいサイズなどを追求していったのです。

●デザイン経営導入の効果

同社はヒット商品を誕生させることができ、デザインの重要性が社内に浸透ししました。

オリジナル商品として完成した「WAYOWAN」は、販売当初から市場での評判がよく、またメディアでも取り上げられたこともあり、年間約40万個の販売を実現しています。

また、このプロジェクトの成功によって、同社の社員の間でデザインの重要性に対する理解が深まり、毎年オリジナル製品の開発が実施されるようになりました。

3-2 下請型経営からの脱却事例

下請型経営からの脱却事例

●会社概要

  • 会社名:本多プラス株式会社
  • 所在地:愛知県新城市川路
  • 設立:1982年5月
  • 事業内容:ブロー成形技術をコアに、化粧品から文具、食品、医薬品などパッケージのブランディング・デザイン。容器、その他のクリエイティブプラスティックの製造・販売

●デザイン経営の取組理由

同社は顧客の仕様に従ってプラスチック容器を製作する事業を生業としていましたが、発注側からのコスト削減要求に対応するという下請型経営を行う自社の将来に不安を感じていました。

●デザイン経営への取組

同社では下請型経営からの脱却を図るために以下のような取組が実施されています。

  • ・第一に「売れる容器」を作る
    下請での顧客の仕様に基づく容器を製作するだけではなく、自社で「売れる容器」を作る能力が必要と考えその体制の整備が進められました。
  •  

  • ・デザインに関する体制
    デザイナーを採用するとともに、社員に対してデザイン活用などの教育を進め、自社で容器をデザインする業務が進められたのです。

    社内でデザイン業務をスタートさせた当初は、「なぜプラスチック容器の下請会社がデザインするのか」という考えが目立ち、デザイン業務について説明や写真を見せるだけでは現場で共感を得るのは困難でした。

    しかし、取組を続けデザインした製品が売れ利益が出ると、デザインすることの意義が認識されるようになったのです。なお、デザイナーは工場での2カ月間の研修を受けることになっており、デザインと技術が融合した業務が進められるように工夫されています。

  •  

  • ・売り方の変更
    自社がデザインした容器の販売にあたり、従来とは異なる販売方法が取られました。これまでは、自社の営業部門が顧客の購買部などから顧客の仕様(デザイン)に基づいた製品を受注するというスタイルです。

    しかし、自社がデザインした容器の販売では、よりデザインを理解している顧客のマーケティング部などに対して同社の「売るデザイナー」が直接営業を行う方法に変更され、販売へと繋がっています。

    販売の基本は、求めている人にその求めるモノをPRして受注する作業に注力することです。販売する相手としての会社が同じであっても、その部署によって求める内容(ニーズ)が異なることも多いため、それを理解してPRする相手・交渉する相手を探し、アプローチしなければなりません。

  •  

  • ・デザイン経営にも有効な生産システムの変更
    同社のようなプラスチックの成形加工では金型が必須ですが、これを外注から内製へ変更されました。プラスチック加工品のQCD(品質・コスト・納期)に大きく影響する金型を自社で製作することは、その内容を改善できるほか、デザインの向上にも有効です。

    金型の外注では納期が1カ月程度必要ですが、内製なら1週間程度の製作が可能で、内製ならではの設計での柔軟性の向上、ユーザーニーズへの対応、生産性向上や短期間での製品開発、などが可能になります。

●デザイン経営導入の効果

同社はデザイン経営の導入により、下請型製造業から脱却し提案型製造業への転換に成功しました。

その成功例の一つが「うまみ調味料 味の素ストラップ(携帯用アジパンダミニ容器)」です。同社が提案したこの企画によるストラップ型パッケージは大ヒットしたのです。

この容器の容量は従来品より小さいですが、製品単価がアップしています。また、自社の設計に基づく製作であるため「元請企業からの指示通りに作ることによる成形のしづらさや不良率の高止まり」というデメリトが解消でき、生産性の向上にも繋がっているのです。

3-3 クリエイティブへの意識変革事例

クリエイティブへの意識変革事例

●会社概要

  • 会社名:株式会社サイバーエージェント
  • 所在地:東京都渋谷区宇田川町
  • 設立:1998年3月
  • 事業内容:メディア事業、インターネット広告事業、ゲーム事業、投資育成事業

●デザイン経営の取組理由

PCからスマホへとサービス開発が移行する中、クリエイティブがサービスの発展に大きく寄与する現象が同社でも目立つようになりました。たとえば、学園恋愛ゲームの「ガールフレンド(仮)」というサービスが会員数600万人を超えています。

この成果にはデザインやテクノロジーのクオリティが貢献していると考えられ、こうした経験を踏まえ、アプリの操作体験や機能を含めクリエイティブに注力する必要性が認識されたのです。

こうした背景により、同社は経営においてデザインを強化する必要があると認識するとともに、クリエイティブに対する社員の意識変革が必要であると考えました。

●デザイン経営への取組

同社はクリエイティブ面の強化に向けて社員の意識を変革するために以下のような取組を行っています。

  • ・クリエイティブ統括室の創設
    同社は、デザイナー出身の佐藤洋介氏を執行役員に迎え、クリエイティブ統括室を設置しました。社内でのクオリティ管理やデザイナー育成を体系化するほか、各部門にクリエイティブ戦略の基礎を整備するために、クリエイティブ統括室が設けられたのです。
  •  

  • ・リブランディングの実施
    社内に大きな影響を与え、社員の意識変革を促進するため、ロゴとコーポレートキャラクターのリブランディングが実施されました。

    たとえば、以前では自由度の高かったロゴやキャラクターの使用に関して、その希少性を高め、社員のブランディングへの意識を向上させるために、使用時はすべてクリエイティブ統括室に確認するというルールが設けられています。

  •  

  • ・デザインに対する投資

    「一流のモノづくりをするためには、一流のモノに触れるべき」という考えのもと、アート展やデザイン展にデザイナーが行く機会(「一流の日」)が設けられました。社員の意識を変えるにはこうした学習する機会を設けるといった投資も必要です。

  •  

  • ・現場と経営層とのハブの役割

    クリエイティブ統括室は、各部門のデザイナーと連携して実績を積み上げ、現場の信頼を獲得することに注力したほか、現場と経営層とのハブとなって意識改革を推進する役割を担いました。

    組織に新たな価値観を導入する場合、経営者側が熱心にその内容を伝達する一方、それをサポートする推進役の機関の設置が有効です。それが経営者と現場層との仲介役を果たすことで、価値観の導入の促進が期待できます。

●デザイン経営導入の効果

様々な取組の結果、サービスの制作においてクリエイティブの重要性が認識され、クリエイティブを経営に活用しようという意識が醸成されました。

たとえば、ブランディング等について、現場のデザイナーがチームをリードして経営層に提言して進めるケースが増加しています。また、デザイナーだけが使用するような用語や概念が営業職などで使われ、事業責任者が数値では説明しにくいデザイン的メリットも考慮する、といった傾向が見られるようになりました。

どのような経営手法であっても、その内容の良さが認識され活用されるには社員のそれらに対する理解が不可欠です。導入することによる意義やメリットなどを経営者自らがアピールし、全社的にそれを浸透させるための仕組みを作り実行し、成果を示す、などの取組が求められます。

3-4 ブランドおよびビジネスモデルの再構築事例

ブランドおよびビジネスモデルの再構築事例

特許庁の「Design-Driven Management #02」などからヤマモ味噌醤油醸造元の取組を紹介しましょう。

●会社概要

●デザイン経営の取組理由

国内の味噌醤油業界では、新規参入がほとんど見られないなど、他の産業に比べて魅力がない一方、製法が過去の方法を踏襲するというスタイルであるため新規参入が容易ではありません。

しかし、世界に目を向けると、ヨーロッパなどでは新たな味噌醤油屋が登場し、常識に囚われない新製品が排出されています。

こうした状況の中で同社を引き継ぐことになった7代目の高橋泰氏は、過去を肯定しつつ(過去に敬意を払い)その伝統産業に新たな価値観を生み出すためのブランディングなどに取り組もうとしたのです。

●デザイン経営への取組

高橋氏は、「世界の食文化と和の調味料が融合し、進化していくこと」を新たな理念として掲げ、以下のような取組を行いました。

  • ・海外展開
    海外でも販売できるようにラベルは日英表記、外国語対応のHPも設置し、会社全体のリブランディングが実施されています。

    歴史を有する蔵元で醸造した味噌と醤油には伝統産業としての価値があり、海外でも認められやすいため、同社の伝統が認識されるためのリブランディングが進められました。

  •  

  • ・時間をかけた信頼関係の構築

    高橋氏が大学卒業後に経営者の一人として同社に加わってから、売上増大に向けた企画や社内業務効率化のための意見を社員に求め、クリエイティブな取組を進めようとしましたが、退社する人が出るなど従業員には簡単に受け入れられませんでした。

    しかし、時間の経過とともに本音で話し合える人が少しずつ増え、彼らを通じて高橋氏の考えが伝わっていきました。自らは事業の理念を直接的に語らずとも真意を理解している若手従業員などが新たな企画を立案・実行するようになり、高橋氏の考えが全社的に伝わっていったのです。

    新しい価値観を組織に注入する際に、既存の構成員の中でそれを受入れようとしない勢力が生ずることは珍しくありません。そうした人達に対しては、取り組むことのメリットや意義を明確に示し、実際に取組んで成功を体験させたり、メリットを実感させたりすることが重要です。

    あまり性急に改革を進めずにじっくりとその取組の意義を認識してもらう関係を作るほうが人材の流出を防げることもあります。

  •  

  • ・カフェスペースの設置

    様々な人を地域に呼び込むことが地域の活性化に役立つほか、地域や社員の刺激にもなると考え、高橋氏はカフェスペースを設置しました。鮮やかな色彩の現代アートなどが飾られ、アンティークな机や椅子が用意され、仏間もイートインスペースとして利用されています。

  •  

  • ・イノベーティブな取組

    同社では試験醸造から旨味を醸造する独自の「Viamver ®︎(ヴィアンヴァー)酵母」を発見し特許も出願しました。

    この酵母は、華やかな香りと旨味があるため、それを活かした革新的な味噌醤油のほか、肉質改善やマスキング効果からジビエ料理、アルコール生成能力からナチュラルワインへの応用が研究されています。

    ほかにも世界で活躍するアーティストや料理人とのコラボレーションを図り、地域活性化に向けた取組なども実施されているのです。

●デザイン経営導入の効果

同社の取組は、伝統産業であってもデザイン思考で新たな価値を吹き込み、リブランディングを図り、イノベーティブな活動を推進すれば、成長できるビジネスモデルに変革できることを示しています。

伝統産業の場合、その事業の価値観を変革していくのは容易ではないですが、デザイン経営を活用しリーダーが諦めずに時間をかけながらも推進していけば、変革することは可能です。

4 会社設立時から考えたい「デザイン経営の始め方や取組方法」

会社設立時から考えたい「デザイン経営の始め方や取組方法」

会社設立時やその後において、デザイン経営を導入していくための進め方や取組方法を説明しましょう。

4-1 デザイン経営・宣言でのデザイン経営の取組方法

デザイン経営・宣言では以下のような項目を挙げてデザイン経営の進め方を紹介しています。起業家や経営者にとっては、会社設立前後からその内容が参考になるでしょう。

1)デザイン責任者(CDO、CCO、CXO等)の経営チームへの参画

デザイン責任者が経営チームの一員となり、「デザインを企業戦略の中核に関連付け、デザインについて経営メンバーと密なコミュケーションを取る」ことが求められています。

事業の発展に向けてデザイン力を推進剤として使用するため、事業や組織の運営に関してデザイン面でリードする人材が経営者として加わることは重要です。その上で、デザイン責任者にはデザイン思考を活かした経営が実行できるように他の経営者と密なコミュニケーションを取ることが求められます。

デザイン責任者には自社の強みとなっている経営資源をデザイン力で強化して、それを企業戦略に落とし込んでいくことが必要であり、そのために他の経営者を納得させるための密なコミュニケーションが不可欠となるのです。

なお、社内にデザイン責任者に適した人材がいない場合、外部から新たに採用したり、デザイン経営に精通したコンサルティング会社の支援を受けたりする方法も検討しましょう。

2)事業戦略・製品・サービス開発の最上流からデザインが参画

これについては、「デザイナーが最上流から計画に参加する」ことが求められています。

具体的には、製品・サービスの企画段階からデザイナーが参加して開発に加わり、設計者や生産技術などと協力しユーザー視点で開発を進めることが重要です。

3)「デザイン経営」の推進組織の設置

これについては、「組織図の重要な位置にデザイン部門を位置付け、社内横断でデザインを実施する」ことが必要だと示されています。デザイン力を会社全体で発揮するには、デザイン部門を会社のキーセクションと位置づけ、社内横断的にその能力を発揮させることが重要です。

具体的には、デザイン室やデザインセンターなどの名称の部門を社長などの経営トップの直下に設置し、デザインに関する迅速な意思決定が実行できるような組織編成にする必要があります。

4)デザイン手法による顧客の潜在ニーズの発見

この点については、「観察手法の導入により、顧客の潜在ニーズを発見する」ことが求められています。

事業の成長や業績の向上へ繋げるための前提条件の一つがユーザーニーズの発見(探索)です。ユーザーニーズは多種多様で、製品・サービスのタイプなどによってもその内容が異なってくるため、その把握は簡単ではありません。

見た目のカッコよさ・美しさ・色合い、手に取った重さ・感触(肌ざわり)・もちやすさ、使用する際の使い勝手・わかりやすさ、購入する際の価格、耐久年数や耐久性、などニーズは様々です。

こうした顕在化しているニーズのほかに表面に出ていないニーズなどもあるため、開発側にはその的確な把握が求められます。デザイナーもそのニーズの発見の作業に加わり、ユーザー目線でニーズを掘り下げ掴まなくてはなりません。

5)アジャイル型開発プロセスの実施

これは、「観察・仮説構築・試作・再仮説構築の反復により、質とスピードの両取りを行う」ことが示されています。

開発対象に対して詳細な仕様を設定して、各プロセスを順番通りに仕上げて開発を進めるという開発方法が主流でしたが、時間がかかり過ぎるケースが少なくありません。

逆に開発対象を小分けにして、その各々について大まかな仕様だけを決めて試作・検証を早く進め、その結果を受けて(ユーザーにも確認して)改善する、という作業を反復して開発するというアジャイル型開発のほうが結果的に早く開発しやすいです。

厳密に考えすぎずに、ある程度の仕様内容で観察・仮説構築試作・検証のサイクルを繰り返して開発を進める方が結果的に早く開発を終えられるようになります。

6)採用および人材の育成

これについては、「デザイン人材の採用を強化する。また、ビジネス人材やテクノロジー人材に対するデザイン手法の教育を行うことで、デザインマインドを向上させる」ことが求められています。

デザイン経営には、デザインの力を事業運営に活用するための人材が必要です。意匠面を含むデザイン力を有する人材を採用するだけでなく、営業担当者や技術者などに対してデザイン手法の教育を実施することも重要になります。

昨今では美大卒のデザイナーを採用するほか、工学系卒の人材を採用する企業も多いです。また、デザイナーに対して、ビジネスやエンジニアリングの学習機会を提供する企業も見られます。

7)デザインの結果指標・プロセス指標の設計を工夫

この点では、「指標作成の難しいデザインについても、観察可能で長期的な企業価値を向上させるための指標策定を試みる」ことが要求されています。

どのような経営手法を導入しても、実施したことを評価し問題点を見つけ改善するというマネジメントは不可欠です。たとえば、デザイン経営として行ったことが、事業や業績にどう結びついたか、について確認する必要があります。

そのためにデザイン経営で実施することに関する指標、特にKPI(重要業績評価指標)の策定は重要です。観察・仮説構築試作・検証などの各プロセスで必要な指標を策定することも望まれます。

たとえば、取り組んだ事業やプロジェクトにおける販売数、売上高や利益額の数値のほか、企業名や製品ブランド名などの認知度の変化、などが指標になるでしょう。

4-2 デザイン経営を進める際の重要ポイント

特許庁が発行している「中小企業のためのデザイン経営ハンドブック」から、デザイン経営を進める際の重要ポイントとなる「9つの入口」を紹介しましょう。

なお、この9つの入口については、進め方の順番は想定されていません。各企業が抱える課題等は異なるため、その状況に合わせて必要な入口を必要なだけ選び実施していくことが重要になります。そのため会社設立後にデザイン経営を導入する場合でもこの入口は有効です。

デザイン経営を進める際の重要ポイントとなる9つの入口

1)MISSION 意志と情熱を持つ

デザイン経営は、製品やそのパッケージを有名デザイナーにデザインしてもらったり、デザイナーとのコラボレーション商品を企画したりするケースが多くみられますが、その場合でも重視したい点は、発注者側の主体的な「意志と情熱」です。

旭川の家具メーカーのカンディハウスは、1968年の創業以来、デザイン経営を実践し続けています。同社はペーター・マリー、深澤直人、佐藤オオキなどの世界的デザイナーを活用した家具シリーズを発売していることで有名です。

彼らとのコラボレーションが成功した理由は、「旭川のものづくりを世界へ」という強いミッションと、創業者から脈々と継承されてきた思いが原動力になっていたからでした。

受注者と発注者というビジネス面だけの関係だけでは、人を魅了するような製品やサービスを生み出すのは困難です。「ビジネスを通して社会に貢献できることは何か」という自社のミッションを、依頼する・協力を求める相手(デザイナー等)と共有し、意志と情熱をもって彼らと本音でビジネスを進める関係を築くことがデザイン経営の基盤の一つになります。

2)IDENTITY 歴史や強みを棚卸しする

自社の「歴史や強みを棚卸しする」ことは、今まで自社が顧客に提供しつづけてきた価値を再確認し、自社の存在意義を再認識するほか、将来に向けた新たな価値を創出するための基盤を探すことにも有効です。

神戸市の電子機器製造業者である新和工業は、デザイン経営の導入あたり、デザイナーとともにコーポレート・アイデンティティ(CI=企業の理念、存在意義や、それらを表現する言葉、イメージやデザイン等)を確認することからスタートしました。

CIは企業の存在意義や使命を示すものですが、会社が設立されてから時間が経つと、そうした存在意義などが見失われることも多いため、歴史を有する企業などでは時折再定義することが求められます。

会社に新たな経営手法等を導入する場合、CIを再定義し理念を把握することが新しい取組への理解と協力の基盤となり、新事業等を促進する上でも有効です。

CIの再定義でそうした基盤を作れば、古参社員でも新入社員でも、各々社員が会社の価値を理解し、それを実現するための行動がとれるようになり、それが会社の「文化」として形成されることもあります。

ただし、会社の内側からの視点だけでは気づけないこともあるため、外部のデザイナーなどの人材を交え、新たな意義や価値を見出すことも重要です。

3)VISION 未来を妄想する

ビジネスは、仕事を通じて何かを成し遂げたいという経営者の思いから始まります。「仕事でこんな未来を描いていく」というビジョンがビジネスの原点となり、それがベースととなって技術や戦略などで活かされビジネスとしての成功に繋がるのです。

ビジョンを伴わないビジネスでは事業の一貫性が失われ、何をしたい会社なのか、何処を目指す会社なのか、が不明瞭になり顧客の支持を失い、ファン化することも難しくなります。逆にビジョンを明確に示し、それに従った的確な行動を取れば顧客や取引先等の共感を呼び成長へと繋げられるのです。

東京都墨田区の金属加工業者である浜野製作所は、2代目の浜野慶一社長の事業承継直後に、「ものづくりの新たな価値を創造する」というビジョンを掲げ業績を拡大させました。

そのビジョンのもとで、日本のものづくりを東京都から盛り上げるための町工場同士の連携や様々なプロジェクトが実施されています。その一つとして、製造に関する事を職人に相談できる拠点として「Garage Sumida」(最新のデジタル工作機器も完備)が開設され、各社の社員や取引先のほか、モノづくりスタートアップへの支援などが実施されているのです。

4)BEHAVIOR 社員の行動変容を促す

企業としての使命やビジョンを社内外に提示するだけでは、それが組織全体の活動として表現・実施されるとは限りません。理念等が絵に描いた餅にならないようにするためには、社員の行動変容を促すための一手が必要になります。

社員一人ひとりがビジョン等の意味を理解し、それが日々の業務で体現され、企業文化として醸成されるには、「バリュー(行動指針・信条)」を提示し、バリューを浸透させるための仕組み・慣習である「リチュアル」を実施することが重要です。

印刷事業者の大川印刷では、デザイナーと共にリブランディングを実施した際に「思いやりと助け合いの精神」や「団結力と一体感」などの7つの信条を定めました。

また、同社はバリューを定着させるための活動として、「週一回、社員が持ち回りで自分の好きなクレド(信条)を選び、それについてのエピソードを語る」という機会を設けたのです。

これらの取組により、同社では新入社員でも社長に進言する、新たな事業プランを提案する、というような企業文化が形成されています。

5)COLLABORATION 社内外の仲間を巻き込む

1個人の能力を尊重することは重要ですが、多くの個人の力を結集した方がより高度で多くの仕事を成し遂げることが可能です。つまり、他者とコラボレーションすることで一人では、一社では成し遂げられないビジネスも可能となり成功する確率も高まります。

そのコラボレーションのポイントは「発信と共有」です。メンバーの仕事内容のほか、得手・不得手、目指す未来などが、チーム内で発信・共有されている状態が望ましいコラボレーションであり、成功に繋がりやすくなります。

チーム内での情報の発信・共有は、心理的安全性を高め、助け合い文化の醸成にも有効です。もちろん社外のデザイナーなどとコラボする場合も同様で、ウェブサイトやSNS、直接の折衝などにおいて自社のビジョンを発信・共有する取組は必要になります。

佐賀県の貼箱業者の一新堂は新事業の開発にあたり「自社のもつ価値をクリエイティブの力で具現化・発信し、選ばれる企業になりたい」という未来像をデザイナーに伝えました。

デザイナーに自社のできること、できないことを誠実に伝え共有しながら、議論を深めるといったコラボレーションを進め、新事業を成功へと導いたのです。

6)STORYTELLING 魅力ある物語を発信する

供給者が増えてモノが溢れるようになった現代社会では、買手は製品の価格や品質以外に、購入対象の「ストーリー性」を重視するようになってきました。

製品はどのようにして誕生したのか、その作り手は製品等を通じて社会にどう貢献しようとしているのか、といったストーリーを示すことが、顧客との絆を築き、受け入られるポイントになります。

事例で紹介したヤマモ味噌醤油醸造元の高橋氏は、事業を承継する過程で「私たちの企業は一体何者なのか」を深掘りし、文化や歴史、地域性に関連した自社の強みを再発見し、ビジョンにまとめステークホルダーに発信しています。

たとえば、同社のウェブサイトでは、同社の歴史や目指す未来、地域貢献のための活動などを日本語と英語で発信されているのです。その企業の歴史や思いを紐解き、物語として発信すれば、顧客をファンへと昇華させることも期待できます。

7)INSIGHT 人を観察・洞察する

デザイン経営では、顕在化している顧客以上に潜在している顧客を見つけ出して魅了しファンにしていくことが重要です。つまり、現在の顧客のほか、未来の顧客を見つけファンになってもらうために、優れたデザイナーの叡智を活用することが要求されます。

その叡智の源泉は「観察」と「洞察」です。人の何気ない言動に注意を払い、共感もして、ときに憑依するかのように、その人の深い心理を読み解くといった洞察が重要になります。

この観察や洞察を商品開発やサービス開発の一連のプロセスに組み込むことができれば、真に人々の心をつかむモノやサービスを創造しやすくなります。

1935年に創業している靴下メーカーの昌和莫大小は、SNSを活用した観察に注力しました。自社ブランドのメインターゲットである市民アスリートに対して、彼らと交流するための場をSNS上に設けたのです。

そこでの交流から、コロナ渦におけるスポーツ用マスクのニーズを掴んで製品化を進め、その過程では彼らから意見を取入れるというフィードバックも行い、ヒット商品に繋げることができました。

8)PROTOTYPING 実験と失敗を繰り返す

デザイン経営では「プロトタイピング」も重要なプロセスになります。デザイン経営におけるプロトタイピングは、顧客にアイデアを体験(使用)してもらい、その価値を検証する一連の作業と言えるでしょう。

その作業の本質は「実験」と「失敗」を繰り返しながらその顧客からのフィードバックを取り入れて、迅速にアイデアをターゲットが求めるモノ・サービスへと具現化することです。

建築金物製造業のユニオンでは、社長を含めた全社員が「失敗を恐れない」という精神で製品企画を行い、次々にプロトタイピングするという方針が実行されています。

そして、出来上がったプロトタイプについては、社長や顧客に確かめてもらいそのフィードバックを取り込みながら、完成品へと進めて行くのです。プロトタイプは完成品の見本品ではなく、顧客と対話してフィードバックをもらうための道具であり、プロトタイピングはその一連の重要な作業になります。

9)EXECUTION 心をつかむモノ・サービスをつくる

デザイン経営における「デザイン」の意味は、色や形などの意匠性に限定されるものではないですが、意匠としてのデザインも重要です。美しいプロダクトや洗練されたウェブサイトは、製品や企業のブランド価値を高める効果が期待できます。

しかし、その意匠性も含めてデザインは見た目の美しさやカッコよさ以上に顧客の心を掴む要素が乏しければ、良い評価を得ることは困難です。

幼児向けの遊具などを製造するジャクエツは、デザイナーや建築家、研究者らとともに、共創コミュニティ「PLAY DESIGN LAB」を運営しており、その彼らが企画・製造した遊具のデザイン性は高く評価されています。

そして、その重視されるデザインの大前提は「子供が夢中なれる」要素です。同社の製品は、実際に子供がどう使うか、どう扱っているか、などの観察を経て夢中になってもらえる可能性が高い評価されたものだけが製品化されています。

5 まとめ

現代ビジネスで不可欠なデザイン思考とデザイン経営とは

「デザイン経営」というと、形状や色合いといった意匠・装飾面を重視するだけの経営手法にイメージされそうですが、そうした意匠面だけではありません。この「デザイン」とは、顧客のニーズをくみ取り、新しい価値や可能性を発見し、彼らの課題を解決するという一連の活動を指します。

具体的には、ビジョンやブランドなど設計するデザイン、ニーズの探索から試作品製作・検証を設計するデザイン、両者の活動を実施するためのマネジメントを設計するデザイン、などがデザイン経営には含まれるのです。

科学技術の発展とともに消費者や企業の行動様式や価値観が大きく変化しているため、ニーズの変化を掴みそれを素早く事業に反映させることが現在のビジネスには不可欠であり、それにデザイン経営が役立ちます。

この機会にデザイン思考やデザイン経営を理解し、自社のビジネスに活用することを是非検討してみてください。