会社を始めるときは、その会社を作ろうと言っている人(発起人)が必要です。一般的な言葉としての発起人は、何か団体を立ち上げと言い出だした人のことを言います。しかし、会社法ではもっと意味を狭めて定義しています。そこで今回の記事では、発起人は、どのような役割をしているのか、どのような人がなることができるのかといった、発起人と出資比率の注意点、会社設立後に株式公開を目指す方法なども解説するので、ぜひご参考ください。

目次

1 発起人の役割

会社法では、会社に出資し、定款に記名押印をした人のことを発起人と言います。

 

1-1 会社法上の発起人とは

会社法26条では、「株式会社を設立するには、発起人が定款を作成し、その全員がこれに署名し、又は記名押印しなければならない。」と定めています。このことから、発起人は定款に署名した人のことを言います。いくら事業の立ち上げに関与していたとしても、会社の定款に署名していないのであれば、発起人にはなれません。

 

1-2 会社設立のおおまかな流れ

会社を設立するときの大まかな流れをご紹介します。詳しくは他の記事でも解説しているので、参考にして下さい。
まず、会社を設立する際には定款を作成します。定款とは、会社にとっての憲法のようなもので、会社がどのような目的で設立されたのか、どのようなルールのもと運営されていくのかということを書いたものです。

定款は作成しただけでは有効なものにはなりません。公証人に定款を認証してもらう必要があります。公証役場は各地にあります。定款の認証が終われば、発起人が株式を引き受けます。次に、取締役を選任し、法務局で登記申請を行い、登記が完了したら会社設立は完了です。

 

1-3 発起人は株をどれくらい引き受けるのか

発起人が株を引き受ける数は、どのような方法で設立しているのかによって違います。最低一株引き受ける必要があり、残りの株は他の出資者が引き受けるというスタイルでの会社設立は募集設立といいます。すべてを発起人が引き受ける場合の会社設立を、発起設立といいます。個人事業主が法人成りした場合については、発起人がすべての株を引き受けるか、もしくは家族の何人かで引き受けるケースが多くなります。

 

1-4 発起人の仕事の種類

発起人の仕事は、おおきく分けると以下の4種類です。

  • 会社に出資をすること
  • 会社の重要事項を決定すること(例えば、取締役を選任することなど)
  • 定款の作成・認証など会社設立手続きを行う
  • 会社に必要な営業活動や、開業準備などを行う

 

1-5 発起人の義務

発起人には、以下の義務があります。

  • 原資の調達で足りなかった場合、不足金額を支払う。
  • 会社設立手続きで、会社に損害を与えた場合は賠償する。
  • 会社設立できなかった場合、設立に関する行為の責任を負う(いついつに開業しますなど、開業準備は設立前からしているため。何らかの理由で会社が設立できなかったら、発起人が責任を負う。)
  • 会社設立できなかった場合、設立に関連して支出した費用は発起人間で分担する。

例えば知人に発起人になってほしいと言われたら、このような義務があることを留意しておきましょう。発起人は、万が一の場合に責任を負わなくてはなりません。相当旧知の仲であるという場合なら大丈夫と考える方も多いでしょうが、よく知らない人から発起人になってほしいと言われたら警戒したほうが良いでしょう。

 

1-6 発起人の役目は株式会社が設立完了するまで

会社の定款が認証され、出資した資本金の金額に応じて、発起人は株を入手することになります。会社を設立する手続きをしている最中の場合は、必要経費の払い込みをするといった業務が主立っていますが、必要経費の払い込みをし、株主総会では株主として決議に参加します。

発起人が活躍するのは会社を設立するシーンにおいてであり、設立が終われば一株主になるということです。というのも、発起人は最低1株を引き受けているはずなので、発起人という役割が終わっても、他の人に株を売らない限り株主としては存在できます。

 

1-7 発起人=設立後の株式会社の株主ではあるが逆は成立しないこともある

発起人は、会社を設立している間について、会社設立に関する業務を行う人のことを言いますが、設立後は株主になります。この逆は必ずしも成り立ちません。発起人は必ず1株以上の株を引き受ける義務がありますが、新規に発行された株を引き受ける株主は、最初から単なる株主として引き受けるためです。

 

1-8 発起人と取締役の関係

まず、会社を設立することを企画する人が発起人です。取締役は、発起人が選任をします。選任された取締役は、取締役に就任することへの承諾書を提出します。このように、一見すると発起人と取締役は別の人物ですが、個人事業から法人へ移行した場合などについてよく見られるのが、発起人と取締役が同一というケースです。

もちろん、設立後の株主も取締役と同一です。一人でも株式会社を作ることができますので、発起人=取締役=株主と言ことは十分あり得ます。もちろん、すべて別人物ということもあります。取締役と、株主が違う人物である場合、所有と経営の分離という言葉で表現されます。

2 発起人になれる人

 

2-1 特に資格は必要ない

では、どのような人が発起人になることができるのでしょうか。発起人になるための条件は2つしかありません。15歳以上であることと、自然人(人間と考えてください)または法人であるという点です。この2つの要件をクリアできていれば発起人となることができます。

 

2-2 未成年についての取り扱い

15歳以上となっている理由は、印鑑登録ができるためです。実際、市役所などでも、印鑑登録が15歳以上から受け付けています。ただし、成年被後見人は印鑑登録をすることができません。

未成年は、民法の規定により未成年者が法律行為を行うには、原則として法定代理人の同意を得なければなりません(5条1項本文)。未成年者が契約をしても、法定代理人の許可を得ないでした契約については、取り消しをすることができます(5条2項)。この時の取り消しができる人は、未成年者と法定代理人です。

このような制度があることの意義は、未成年者は意思能力が不十分であるため、未成年を保護しようというものです。

未成年であればビジネスができないのかというとそのようなことはありません。法定代理人に営業を許された未成年者がその営業に関してする法律行為は、単独で行うことができます(6条)。つまり、法定代理人が許可を出していれば、15歳で印鑑登録をして会社の発起人になるということも可能です。

 

2-3 発起人の人数に制限はない

会社の発起人の人数には制限がありません。何人でも発起人になることができます。発起人が1人という場合もあれば、数十名いることもあります。
発起人の人数に制限はないものの、よく知らない人同士で発起人になることはお勧めできません。設立後の株式会社などにおいては、取締役会や株主

総会で意思決定をしていきますが、それまでの間は発起人がいろいろと決めていきます。その際に意思の統率が取れないレベルにまで発起人が多いと、対応が大変です。発起人は、意思の統率が取りやすい人数にとどめておくことをおすすめします。発起人の意見がまとまらず、結局会社を設立できなかったというケースはあります。ただし、設立できなかった場合にも、そこまでにかかった費用や負担があります。このような場合、発起人で費用を分担することになります。
 

2-4 法人が発起人となることもできる

法人が発起人となることもできます。例えば、株式会社が発起人となって株式会社を作ることも可能です。このような作り方をした場合、株式会社が発起人となって設立した会社は、一般的に子会社と呼ばれます。子会社を作る時の注意点は、親会社となる法人の事業目的の一部を、新に設立する会社の定款の事業目的にも記載するということです。というのも、会社は定款に記載された目的以外のことをできないためです。あとから事業目的を変えることもできますが、登記費用がかかります。せっかく設立するのですから、事業目的の件で変更登記が必要にならないようにしたほうが良いでしょう。

 

2-5 外国人でも発起人になることができる

外国人でも発起人になることが可能です。なぜならば、印鑑登録は外国人もすることができるからです。

3 発起人と出資比率の注意点

 

3-1 発起人と出資比率の関係について

発起人が複数いる場合、特に注意を払うべきなのは出資比率です。発起人が単独の場合は気にする必要はありません。発起人が複数いる場合、出資した比率で経営権が決まることもあるため、株主としてたくさん株を持っていれば、その分株主総会の時にたくさん票を入れることができるので、意見が通りやすくなります。

 

3-2 会社を他社へ売却する場合

ただ、会社そのものを売却することになった場合は出資比率に注意を要します。

例えば、知人・友人を含めて4人で会社を設立するとします。本当は一人で設立したいのですが、そのような資金もないので、友人3人に発起人になってもらって、出資もしてもらったというパターンです。出資比率は本人:友人A:友人B:友人C=4:2:2:2です。

事業を頑張ってきたのは、発起人のうち1人だけで、残りの3人はほぼ出資しただけという状況で、出資しただけの発起人は、収益の上がるようになった会社の売却を考え始めました。事業を頑張ってきた人は反対しますが、他の3人の意見のほうが多いため、結果として、他社へ事業を売却することになってしまいました。1億円で他社に事業を売却し、売却金額は株式の比率に応じて分け、事業を頑張った本人は4千万円、あとの友人たちはそれぞれ2千万円受け取りました。

ご紹介したケースはあくまでも参考例であり、実際にあったことではありませんが、似たようなケースが起こり可能性は十分あります。スタートアップ時は資本金の調達が大変で、いろいろな人に出資を頼みたくなってしまうというのはあり得るケースではありますが、発起人としてお願いする場合については、会社を売却する際にも影響が出ることに注意してください。出資比率については十分に注意をしましょう。また、発起人は信頼できる人に依頼することをおすすめします。

4 会社設立後から株式公開(IPO)を目指すには

起業や会社設立の準備をしている方の中には開業からできるだけ早いうちに株式公開(IPO)したいと考えている方もおられるのではないでしょうか。会社設立後からIPOを目指す場合の意義や実現するためのポイント・方法などを見ていきます。

 

4-1 IPOとは

IPOは、「Initial Public Offering」の略で日本語では「新規公開株」などと訳され、自社の株式を証券取引所に上場して不特定の投資家等が取引できるようにすることも意味します(新規株式公開)。

つまり、IPOは未上場の会社が証券取引所に上場すること、その新規公開株式のことです。なお、上場企業が公募増資したり再上場したりする場合は「PO」(Public Offering)と呼ばれます。

IPOによりその会社は証券市場で不特定の投資家から資金を調達することができ、IPO後ではPO(公募増資等)で別途資金調達ができるわけです。つまり、IPOは不特定の者から資金を調達する手段と言えます。

株式会社の設立の際会社の株式は創業者、家族・親戚・友人等や関係会社等の限られた者だけに保有され(非公開)、不特定の一般投資家などは保有できません。しかし、IPO化により証券市場を通じて購入できるようになれば幅広い多くの者から資金を調達できるようになるのです。

 

4-2 IPOのメリット

IPOによるメリットとしては、以下の点が挙げられます。

①返済義務のない資金調達が可能になる

IPOによる最大のメリットは資金調達ですが、とりわけ株式の上場により不特定多数の幅広い投資家から返済義務のない資金を調達できる点が魅力です。

株式発行による事業資金の調達は返済義務がなく、当然借入金と違い支払利息が生じることもありません。

会社に利益が生じればその内容等に合わせて配当金を分配する必要はありますが、その分配の程度も会社側である程度コントロールできます。また、業績が極端に悪い場合などでは無配当とする自由度もあるのです。

他方、借入金は会社の業績の如何に関わらず契約に従って支払う義務があり、もし履行しない場合はペナルティーを受け倒産に至ることもあります。つまり、倒産リスクという点を考えた場合、株式発行による資金調達は極めて有利な手段と言えるでしょう。

IPOの実現によって会社は倒産リスクに繋がらない資金調達の手段が手にいられるのです。

②会社の信頼度や知名度が向上する

IPOによりその会社の株式は証券取引所に上場されることになるため、投資家だけでなく各種金融機関のほか多くの企業から注目されることになり、会社の信頼度や知名度が向上します。

まず、新規公開株式には多くの投資家の注目が集まりす。その理由は、IPO株が儲かるからです。IPO株が付ける初値は公募価格(購入価格)を大きく上回るケースも多く、IPO株を購入することは投資家にとっては大きなリターンを得るチャンスとなります。

そのため投資家はIPO株の公募がないかと情報収集を絶えず行っており、また公開後の株価の動向にも注意が払われるのです。つまり、IPOの実現によってその会社の名前は一気に知れ渡り注目されるようになります。

また、証券取引所に上場するためには業績や財政等での審査をクリアする必要があり、上場自体は業績や財政面での不安が少ないという証明となるため、会社の信頼度が大きく上昇するのです。

会社の知名度が上がり信頼度が増せば、販路の開拓も容易になるとともに仕入の面でも有利な取引が期待できるようになります。

③社員のモチベーションが上がる

会社の知名度や信頼度の上昇とともに世間から注目され高い評価も得られやすくなります。上場できる会社となれば給与水準の上昇や、自社株の売却による大きなキャピタルゲイン(売却益)の実現が期待できるため、IPO化は社員のモチベーションの向上に繋がるのです。

株式上場を果たした会社は知名度等で社会からの評価が高まり、入社希望者も増加しやすくなるため、社員としては会社に誇りを感じるようになります。

また、上場後もさらなる事業の成長や会社の発展が期待されそれに伴う報酬・処遇の向上も期待されモチベーションアップに繋がるのです。

④経営管理の質が向上する

IPOの申請会社には、未上場の会社よりも高度な社内管理体制が求められるため、IPO化に取り組むことにより自社の経営管理の質が向上します。

不特定の投資家等が証券市場で自社株式を売買できるようになる株式上場は、その会社がより社会的な存在、すなわちパブリックカンパニーになることを意味します。

パブリックカンパニーは社会的な責任が重くなり、業績・財政状況等の明示や事業運営の適正化などが求められるようになるのです。これらの要求に応えるためには社内の管理体制を整備しその質を高め維持していく必要があります。

もちろん社会に信用されるための法令遵守を徹底する必要があり、内部統制の整備を図り企業統治(コーポレートガバナンス)の質を向上することも重要です。こうした取り組みを通じて経営管理の品質が向上し事業の成長も期待できます。

⑤投資資金の回収に役立つ

創業者は会社設立のために自己資金を投入して事業を立ち上げるケースが多いですが、IPO時に保有した自社株式を売却すればその投資資金を回収できるほか大きなリターンを得ることも可能です(創業者利益の確保)。

株式会社を設立する創業者の多くは、自分で自社株を保有し経営者として事業に携わるケースが多く見られます。投資資金を回収する手段は役員報酬と自社株の売却になりますが、非公開会社の場合株式の売却相手は限られるため容易とは言えません。

しかし、IPOが実現できれば保有の株式は証券市場で売却でき、投資資金の回収が容易になるのです。

 

4-3 IPOのデメリット

一方、IPOにも以下のようなデメリットが存在します。

①IPO準備の負担が重い

IPOの実現には証券取引所の上場審査に合格する必要がありますが、合格できる社内体制の整備には費用と時間が多くかかるのです。当然、従業員には重い業務負担がかかります。

一般的にIPOの準備には3年ほどかかると言われており、公認会計士の監査や証券会社による審査(中間審査や最終審査)も受ける必要があるのです。

そして、証券取引所による形式要件及び実質審査基準に基づき様々な審査が行われ申請会社はそれに合格しなければなりません。

このようにIPOを実現するためには多くの審査を受け合格できるように社内体制を整え、資料を作成するなど多くの手間やコストがかかり、社員の業務上の負担も決して小さくありません。

なお、IPOの実現に向けた法人監査費用、証券会社コンサルティング費用、IPOコンサルティング費用、有価証券届出書・目論見書等印刷代、上場手数料等でかかるコストは約5千万円以上と言われています。

②IPO後の維持コストや手間も大きい

IPO後は上場継続のための証券取引所への年間上場料、監査報酬、株主名簿の管理料のほか、株主総会を開催・運営するための費用も多くかかります。

これらの上場を維持するためのコストは会社の事業規模などによって異なりますが、中堅レベルの会社でも5千万円や1億円程度必要になることも珍しくありません。

もちろん一定の業績が確保出来れば株主に配当金を分配する必要があり、その金額も小さいとは言えないのです。2018年5月の東京証券取引所1部の単純平均利回りは2.04%であるため、ケースによっては借入金利よりも重い負担になりかねません。

ほかにも上場企業には情報開示の義務があり、自社の業績や経営内容について有価証券報告書や事業報告書等を作成し株主等に適時開示する必要があり、その手間とコストが生じます。

③株主からの圧力が大きくなる

会社の所有者は株主でありその株式がIPOにより不特定の者に所有されるようになれば、会社の経営や配当などに対する要望も多くなり経営に大きな圧力が加えられることも少なくありません。

上場企業は有価証券報告書等により経営情報を開示するため、投資家等はその会社の経営内容をチェックすることが可能です。業績が低迷して配当が減少し株価も下がれば株主から厳しい指摘や要求が株主総会で出されることになりかねません。

上場企業は株主の声を無視するわけにいかず、経営が短期的な利益の確保に注力されやすくなり長期的な視点の経営が阻害されることもあります。株主の意見を尊重しすぎて短期利益に執着した近視眼的な経営に囚われると将来の成長に不安を残すことになりかねないため注意が必要です。

④買収リスクが増大する

株式公開により敵意のある第三者による自社株の取得が進むと会社が乗っ取られる危険性が生じます。

特にIPOで創業者利益を享受するために、創業者が保有する自社株式を大量に売却すれば経営権が弱まることになりかねません。もちろん第三者に過半数の株式が確保される事態になれば創業者は代表取締役社長の座を奪われ会社は乗っ取られることになるのです。

会社が乗っ取られなくても一定数の株式を他者に保有されるとその株主から経営への圧力が高まり事業運営が不安定になる恐れが生じます。

このように株式公開を行うことによって第三者からの圧力が増すことになるため、市場に流通させる自社株を適切に管理することが不可欠です。

5 IPOの現状 その実現性や難度等の状況

ここではIPOの状況を確認します。年に何社がIPOに成功しているのか、IPOはどれくらい難しいのか、IPOには会社設立からどの程度の時間が必要なのか、といった状況を紹介しましょう。

 

5-1 年間のIPOの数

あずさ監査法人が公表している「2018年 IPOの動向について」によると2018年の新規上場会社数は90社です。

2015年は92社、16年は83社、17年は90社となっており、16年度は落ち込んだものの近年では90社程度IPOを果たしており、IPOは比較的堅調といえるでしょう。

ただし、最近の株式市場の動向にも表れているように経済環境の悪化の兆しが見え隠れしておりその状況が今後のIPO社数に影響することが懸念されます。その理由は株価が下落する環境下でIPOを行うと公募価格に悪影響が及び資金調達額が減少する可能性が高まるからです。

2018年の株式市場は米中の貿易摩擦及び安全保障上の対立、北朝鮮の非核化問題のほか国内での内閣支持率の低下などにより株価の変動が大きく、投資家等のリスクへの警戒感が強まった相場展開がよく見られました。

2019年も同様の問題が燻っており、米中、米朝の動きの進展次第で株式市場は大きく影響されIPOにとって悪い環境になり得るため注意が必要です。また、経済環境だけでなく新規上場に関する審査の厳格化もIPOの数に影響しかねません。

2015年3月に日本取引所グループの「最近の新規公開を巡る問題と対応について」が発表された後、上場申請期での業績確認の厳格化や、内部管理体制の整備状況の確認などから審査期間が長期化する事態が見られています。

以上の点から2019年のIPOは18年よりも伸び悩む可能性が低くありません。

 

5-2 新規上場会社の業種

2018年に上場した会社の業種は下表の通りです。

・「新規上場会社の業種別内訳」(先のあずさ監査法人の資料より)

業種 社数 シェア 業種 社数 シェア
サービス業 29 32.2% 金属製品 2 2.2%
情報・通信業 27 30.0% 機械 2 2.2%
不動産業 9 10.0% その他製品 2 2.2%
小売業 5 5.6% 繊維製品 1 1.1%
卸売業 4 4.4% 医薬品 1 1.1%
保険業 3 3.3% 鉄鋼 1 1.1%
建設業 3 3.3% その他金属業 1 1.1%

上表の内容から国内経済におけるサービス業と情報・通信業の進展が大きいことや、それらは成長の期待される業種であることが窺えます。

これから会社を起こしIPOを目指す場合、サービス業と情報・通信業を自社の業種候補としたり、彼らを主要なターゲットとする業種として検討したりすることも重要です。

また、低金利を背景とした不動産投資の活発化から不動産業でのIPOの多さも注目されます。つまり、経済状況によってIPOを実現しやすくなる業種も当然生じるということです。こうしたIPOと業種の関係も少し考慮して起業を考えるようにしましょう。

 

5-3 会社設立後から上場までの期間

2018年1月~12月に上場した90社の会社設立から株式公開に至るまでの期間をまとめると下表(先のあずさ監査法人資料のP10より作成)のようになります。

  東証1部 東証2部 マザーズ JQ アンビシャス
~5年 2 3 9 1   15
5~10年     18 1   19
10~15年     12 1 1 14
15~20年     13 1   14
20~30年 1   7 4   12
30年~ 4 2 4 6   16
合計 7 5 63 14 1 90
最短期間 2年10カ月 2年2カ月 1年9カ月 2年11カ月 13年8カ月 1年9カ月
最長期間 93年6カ月 75年1カ月 43年4カ月 69年11カ月 13年8カ月 93年6カ月

上表の結果ではIPOの実現には早くて2年足らずから3年程度、遅い場合は40年以上といった歳月が必要になっています。かなりの長期間に及ぶケースもありますが、事業の内容や経営の取り組み次第では2年といった期間でIPOを果たし、そのメリットを手に入れることができるのです。

 

5-4 東京証券取引所の各市場の状況と上場審査

東京証券取引所には第1部、第2部、マザーズ、JASDAQの市場があり、各々上場するための審査基準が設けられています。審査の厳しさの点では業績水準等*で第1部・第2部>JASDAQ>マザーズの順に難しいと考えてよいでしょう。
*ジャスダックには利益の額又は時価総額の要件が定められており、一方マザーズは設定されていないため、ジャスダックのほうがやや難度が高いです。

第1部・第2部は審査がより厳格になるため、合格することで投資家から高い信用が得られビジネス上で有利になります。また、他の市場よりも取引量や参加者が多いため自社株を流通させやすくなる、すなわち資金調達が捗るというメリットが得られるのです。

他方、マザーズやJASDAQは審査が緩くなるため上場しやすいですが、第1部・第2部よりも信用度は下がります。また、流通量や参加者も劣るためやや流通しにくくなるとともに、株価の値動きが荒くなりやすくなる点も特徴です。

なお、上場審査基準は第1部・第2部、マザーズ、JASDAQごとに定められています。参考までにマザーズの審査に関する形式要件と審査基準を示しておきましょう。

  マザーズ スタンダード
(1)株券等の分布状況
(上場時見込み)
公募又は売出し株式数が1,000単位又は上場株式数の10%いずれか多い株式数以上
株主数 200人以上
(2)流通株式時価総額
(上場時見込み)
5億円以上
(3)純資産の額
(上場時見込み)
2億円以上
(4)利益の額又は時価総額 次のa又はbに適合すること
最近1年間の利益の額が1億円以上であること
時価総額が50億円以上
スタンダード
(企業の存続性)
事業活動の存続に支障を来す状況にないこと
(健全な企業統治及び有効な内部管理体制の確立)
企業規模に応じた企業統治及び内部管理体制が確立し、有効に機能していること
(企業行動の信頼性)
市場を混乱させる企業行動を起こす見込みのないこと
(企業内容等の開示の適正性)
企業内容等の開示を適正に行うことができる状況にあること
その他公益又は投資者保護の観点から東証が必要と認める事項

日本取引所グループ JASDAQ内国株スタンダード形式要件及び上場審査内容の抜粋

6 IPOを実現した企業の特徴

ここでは先のあずさ監査法人の「2018年 IPOの動向について」で示されている上場企業の事業上の特徴を確認します。どのような事業を行う会社がIPOに繋がりやすいのかという点を把握しておきましょう。

 

6-1 新たな市場を開拓する成長性が期待される会社

該当する企業としては、メルカリ、MTG、自律制御システム研究所、ラクスルが挙げられています。

・メルカリ

同社は消費者等の個人間におけるモノの売買を簡単かつ安全に行えるフリマアプリ「メルカリ」を開発・運営している会社です。スマホ向けのフリマアプリでは国内首位を確保しており、それによる販売手数料が収益の源泉となっています。また、スマホ決済「メルペイ」などを運営し金融サービス面も強化しているところです。

・MTG

同社は美容・健康・生活の質の向上などに役立つ製品等の企画開発や製造販売を行う会社です。大学や研究機関と共同開発を行い革新的な技術、文化・風土や感動を呼ぶようなデザインを融合させ、お客に「感動」を与え続けるブランドや商品を開発しています。

・自律制御システム研究所

同社は高性能・高品質のドローンを開発・販売するドローンメーカーです。画像処理技術などを活かしたドローンの自律飛行の研究を国内で実施しており、物流・空撮・測量・点検など産業の無人化等で貢献できるドローン開発が進められています。ドローンの販売のほか、ソリューションも主要な事業です。

・ラクスル

同社は印刷や物流でのシェアリングプラットフォーム(集客・受注支援)を運営する会社です。同社は印刷通販の価格比較サービスサイトを立ち上げ印刷のシェアリングプラットフォーム「ラクスル」を提供するとともに物流のシェアリングプラットフォーム「ハコベル」も運営しています。

メルカリとラクスルのビジネスモデルはインターネットを活用したIT化により顧客や消費者に新たな価値を提供する仕組みで新市場を開拓し成長を図ろうとするものです。

MTGは革新的なテクノロジーと文化・風土などの融合でお客に感動を提供できるブランドを作り、他社との差別化を図ろうとするビジネスモデルと言えます。自律制御システム研究所のビジネスモデルは今後成長が期待できるドローンの量産とそれによるソリューションで成長を図るものです。

IPOが実現できる会社には新市場を切り開けるだけの同業他社には見られない新たな価値の創造と提供が可能なビジネスモデルが見られます。

 

6-2 働き方改革関連の業務効率化支援を行う会社

該当する企業は、RPAホールディングス、チームスピリット、アルー、ブリッジインターナショナル です。

・RPAホールディングス

同社は、機械学習・人工知能など認知技術を活用したホワイトカラーの業務の効率化を支援する会社です。同社はデジタルレイバー(仮想知的労働者)の導入により企業の業務効率や人手不足対策などを支援しています。

・チームスピリット

同社は勤怠管理・工数管理・経費精算などの機能を一つに融合した「働き方改革プラットフォーム」を構築し、それらのクラウドサービスを提供する会社です。同社は多くの顧客にデータを活用した働き方改革とタイムマネジメントを可能にさせて生産性向上をもたらしています。

・アルー

同社は社会人向け教育サービスを提供する会社です。また、同社は企業のグローバル人材育成、新入社員・中堅リーダー層・管理職等の社員研修や人事組織コンサルティングを提供し、グローバル時代を生き抜く組織づくりの支援を行っています。

・ブリッジインターナショナル

同社はインサイドセールス*の受託を中心とした営業業務の改革を支援する会社です。同社は最新テクノロジーのAIなどで「デジタルインサイドセールス」を提供する業界のトップランナーとして活躍しています。
*電話やメールなどの非対面のコンタクトで顧客とのコミュニケーションをとり関係性を作っていく営業手法のこと

以上の4社もITやAIなどの技術を活用している会社ですが、国の働き方改革関連法案やその影響を追い風に成長を図るビジネスモデルを採用しています。法律・規制の施行といった機会を捉えることが成長には不可欠ですが、4社は新たな技術を活用して強みを磨きその法規制の変化を捉えて成長に繋げようとしているのです。

 

3-3 AI・ビッグデータ関連技術等を活用して既存事業を変革する会社

該当する企業は、HEROZ、Kudan、Edulab、テクノスデータサイエンス・エンジニアリング になります。

・HEROZ

同社は世界最高峰の将棋人工知能の開発で磨いたAI技術をインターネットサービスとし提供する会社です。同社はそのサービスをBtoBにおいて市場予測や社会課題の解決などで顧客の事業拡大に貢献し、BtoCでは消費者に頭脳ゲームアプリなどを提供しています。

・Kudan

同社は人工知覚技術(空間・立体認識技術)の研究開発を行い、そのハードウェアIPコアやソフトウェアライセンスを提供する会社です。同社の技術はカメラ画像情報からデバイスの自己位置認識と周囲の地図作成が可能で、AR・VR・MR、自動運転、ドローン、ロボティックス、半導体チップへの組込みなどに利用されています。

・Edulab

同社は学力測定技術・能力試験等の開発・実施・分析・教育サービスの提供やAIを活用した次世代教育向けラーニングサービス及びソリューションの提供などを行う会社です。また、同社は教育分野にイノベーションをもたらすビジネスやサービスである「EdTech」分野での新規事業の開発や投資を行っています。

・テクノスデータサイエンス・エンジニアリング

同社はビッグデータやAIを活用したソリューションやAI製品を提供する会社です。同社ではAI、IoT、SNSなどからのビッグデータ分析等によるコンサルティング、データ分析支援(データサイエンティスト育成含む)や分析のインフラづくり支援などが行われています。

ビッグデータとAI技術を活用することによって人間の情報収集能力と処理能力をはるかに上回ることが可能となり、将来の予測や経営課題の解決が可能となってきました。

上記の4社はビッグデータとAIを活用して既存事業に変革をもたらす新たな価値の提供というビジネスモデルで、会社としての発展・成長を成し遂げようとしています。

7 IPO実現のためのポイントや方法

ここではIPOを達成するための重要ポイントとは何か、どのような方法を取れば実現できるのか、について確認していきます。

 

7-1 上場審査の内容や性質についての理解と準備

証券取引所の上場審査は形式要件と実質審査基準とに分かれるため、両者の要求内容や合格水準を把握して準備をする必要があります。

また、そうした基準をクリアすること以外にも審査の本質を理解しておくことも不可欠です。

証券取引所の審査は約3カ月にわたり実施されますが、その審査期間において申請会社が上場するに相応しい会社か否かが判定されます。審査は様々な視点から実施されますが、その本質は不特定の一般投資家に提供してよい株式か否かという点での評価になるのです。

そのため審査基準の基本的な項目や内容は定まっているものの、時代の流れ、社会の状況や常識などに変化が生じれば取引所の審査に対する考え方・取り組み方にも影響が及ぶことがあります。

つまり、社会の変化によって上場審査での評価に変化が生じることもあるわけです。たとえば、消費者金融事業での貸付金利などが問題になれば、関係する事業者に対する審査は厳格になる恐れが生じます。

また、サブリース契約を悪用した不動産投資事業が社会問題として注目を集めましたが、そうした関連する事業の会社が上場する場合なども審査が厳しくなっても不思議ではありません。

さらに審査では事業のほかにも経営者自身も評価の対象となり誠実性などが問われます。申請する会社の事業や業績等のほか事業の継続性や成長に問題がなくても経営者の資質が問題となることもあるのです。

たとえば、反社会勢力との関係が疑われる、労働者を不当に扱っている部分がみとめられる、といった点があれば経営者の評価は厳しいものになる可能性があります。

こうした審査に悪影響を及ぼす内容や事項を理解し、クリアできるように準備を進めなくてはなりません。

 

7-2 形式要件のクリア

上場審査基準の形式要件とは株主数、時価総額、利益額など上場申請する際にクリアしておくべき要件で、申請会社はこれを前提としてその上で実質審査基準に合格しなければなりません。

形式要件の内容は対象市場によって異なりますが、その主な内容には下記の項目が含まれます。

  • 上場時見込み株主数
  • 上場時見込み流通株式
  • 上場時見込み時価総額
  • 事業継続年数
  • 上場時見込み純資産の額
  • 利益の額又は時価総額
  • 虚偽記載又は不適正意見等
  • 株式事務代行機関の設置
  • 単元株式数及び株券の種類
  • 株式の譲渡制限
  • 合併等の実施の見込み

審査では上記の内容について求められる一定の数値や事実の有無などを満足させねばなりません。なお、東京証券取引所の東証1部、2部、ジャスダック、マザーズの内容を比較すると上記項目の7番目までの違いは下表のようになります。

  東証1部 東証2部 マザーズ
上場時見込み株主数 2,200人以上 800人以上 200人以上
上場時見込み流通株式 2万単位以上 4千単位以上 2千単位以上
上場時見込み時価総額 250億円以上 20億円以上 10億円以上
事業継続年数 3年以上 3年以上 1年以上
上場時見込み純資産の額 連結の額が10億円以上 連結の額が10億円以上
利益の額又は時価総額 次のどちらかに適合 ・最近2年間の利益の額の総額が5億円以上であること ・時価総額が500億円以上 次のどちらかに適合 ・最近2年間の利益の額の総額が5億円以上であること ・時価総額が500億円以上

上表の内容からわかるように東証1部・2部に比べマザーズの要件はかなり低い設定と言えるでしょう。特に東証1部・2部の利益の額又は時価総額の基準が高く事業規模が大きく儲かっている会社でないとクリアしにくい内容です。

それに比べマザーズの場合は利益の額又は時価総額の基準がなく、赤字であっても内容により合格できます。また、事業継続年数も1年以上と短いことから会社設立後の間もない会社でも株式市場から資金調達が可能となるのです。

このような要件設定の状況から最初にマザーズなどに上場しその後東証1部・2部へ蔵上げするケースも多く、そうした方法で上場を目指すのは有効と言えるでしょう。

審査では企業の継続性、財政状態、収益力等に関する上場適格性を有しているかどうか重要となるため、各市場での合格水準をクリアするとともに同業他社以上の内容が望まれます。

マザーズでは赤字でも合格できるケースもありますが、近い将来に収益が改善し事業の継続性や、黒字化するまでの財政の健全性などを事業計画等で客観的に示すことが重要です。

 

7-3 上場審査基準(適格性審査)のクリア

ここでは特に実質審査基準上の重要点について説明していきましょう。

①企業の継続性及び収益性

「企業の継続性及び収益性」とは「継続的に事業を営み、かつ、安定的な収益基盤を有していること」のことです。上場審査等に関するガイドラインでは以下の3つを満たすことが要求されています。

  • 事業計画がビジネスモデルや事業環境等を踏まえて適切に策定されている
  • 今後の安定的な利益の計上が可能となる合理的な見込みがある
  • 経営活動の安定かつ継続的な遂行が可能な状況にある

以上の要件を満足する必要がありますが、以下のような業績に不安を抱かれやすい材料がある場合は合格が難しくなるため注意しておく必要があります。

  • 売上が特定顧客に大きく依存している>
  • 既存の本業以外の新事業に失敗した経験があり次の柱となる事業がない >
  • 直近で減損会計をしている>
  • 不動産や金融商品等への投資に失敗している>

②企業経営の健全性

「企業経営の健全性」とは「事業を公正かつ忠実に遂行していること」です。ガイドラインでは以下の3つを満たすことが要求されています。

  • 取引行為等の経営活動により不当に利益を供与又は享受していない
  • 役員の構成状況、勤務実態などが、公正、忠実であり業務の執行や監査の実施を損なう状況でない
  • 親会社等からの独立性を有する状況にある

たとえば、以下のような点が生じないようにしておくことが審査の合格には重要です。

  • 親会社等における情報開示が積極的でない
  • 情報開示体制が十分でない
  • 関連当事者間における取引等で不透明な点がある

③企業のコーポレート・ガバナンス及び内部管理体制の有効性

この項目の内容は「コーポレート・ガバナンス及び内部管理体制が適切に整備され、機能していること」です。ガイドラインでは以下の5つを満たすことが要求されています。

  • 役員の適正な執行を確保するための体制が適切に整備、運用されている
  • 内部管理体制が適切に整備、運用されている
  • 経営活動の安定的・継続的な遂行、適切な内部管理体制の維持に必要な人員が確保されている
  • 実態に適した会計処理基準の採用、必要な会計組織の整備・運用がみとめられる
  • 法令遵守体制の適切な整備・運用があり、重大な法令違反の生じる行為がない

たとえば、以下のような問題が生じないことが求められます。

  • 法人税法上の違反行為がない(重加算税の課税がない、経営者個人の経費を会社経費とする処理がない、外注先への発注によるバックリベートがない 等)
  • 有価証券届出書提出漏れなどの金融商品取引法の違反がない
  • サービス残業など就労条件で労働基準監督署から是正勧告を受けるなど労働基準法などに違反していない

④企業内容等の開示の適正性

この項目の内容は、「企業内容等の開示を適正に行うことができる状況にあること」です。ガイドラインでは以下の4つを満たすことが要求されています。

  • 重要な会社情報の管理・開示が適切にできており、内部者取引の未然防止体制が適切に整備・運用されている
  • 法令等に基づき企業内容の開示書類が作成され、投資判断に重要となる事項や事業活動の前提事項などが適切に記載されている
  • 関連当事者等との取引行為や株式の所有割合の調整等により企業グループの実態について誤って開示していない
  • 親会社等についての事実等の会社情報を、適時・適切に開示できる状況にある

たとえば、以下のような適正な情報開示や取り組みが求められます。

  • 5年間の財務諸表等が整備されている
  • 粉飾決算とみられる要素がない
  • 収益認識基準、原価計算制度、特別償却、圧縮記帳などの方針や処理が明確で適正である
  • 実地棚卸の実施が適正でその事実を示す記録がある

⑤その他公益又は投資家保護の観点から当取引所が必要と認める事項

この項目の内容について、ガイドラインは以下の6つを満たすことを要求しています。

  • 株主の権利及びその行使状況が公益や投資者保護の観点から適当である
  • 経営活動や業績に影響を及ぼす係争又は紛争等がない
  • 反社会的勢力からの経営活動への関与を防ぐ社内体制を整備してその関与の防止に努めている。また、その取組が公益や投資者保護の観点から適当である
  • 新規上場申請に係る内国株券等が、無議決権株式又は議決権の少ない株式の場合、上審ガイドラインⅡ 6.(4)に掲げる項目のいずれにも適合する
  • 新規上場申請に係る内国株券等が、無議決権株式である場合、ガイドラインⅡ 6.(5)に掲げる項目のいずれにも適合する
  • その他公益又は投資者保護の観点から適当と認められる

たとえば、以下のような内容に該当しないことが求められます。

  • 役員、株主、取引先等で反社会的勢力との関りがない
  • 業績を大きく毀損する可能性がある係争・紛争等がない
  • 不合理な株式移動がない

 

7-4 良好な業績や事業内容の明示

投資家保護の観点から上場申請会社の業績及びビジネスの内容は審査の合否に直結するため重要です。ここでは審査合格に必要な業績の程度、業績に直結するビジネスモデルや事業計画の内容などを説明します。

①業績

参考としてマザーズ市場の内容を確認します。先のあずさ監査法人の「2018年 IPOの動向について」(2018年1月~12月)によると、マザーズ市場に上場した63社の業績は下表の通りです。

  売上高 経常利益
赤字   10(6)
~5千万円   6(3)
~1億円   7(6)
~2億円   15(12)
~3億円   12(3)
~5億円   4(8)
~10億円 17(8) 5(8)
~20億円 16(13) 3(3)
30億円以上   1
~30億円 7(6)  
~40億円 2(4)  
~50億円 4(4)  
~100億円 8(8)  
~150億円 4(3)  
150億円~ 5(3)  

*( )は2017年の数値

この結果を見ると、売上高では20億円までの会社が33社と約半数を占め、経常利益では2億円までが38社と半数以上を占めます。つまり、業績面では売上高20億円、経常利益2億円以上が上場審査で合格しやすいレベルと考えられるのです。

しかし、マザーズの場合は利益がマイナスでも合格できるケースがあります。その場合は今後の利益の改善・拡大を客観的に説明できる必要があります。そして、それを適切に示すためビジネスモデルと事業計画の内容が重要になります。

②ビジネスモデル

審査における業績や「事業の継続性や収益性」は、その会社が採用しているビジネスモデルと深く関係してきます。つまり、ビジネスモデルの内容次第で業績や事業の継続性や収益性の内容に変化が生じるため、ビジネスモデルの適正さや将来性などが評価されるのです。

たとえば、会社設立当初から設備投資などの規模が大きく現在赤字であったとしてもビッグデータやAIを活用して新市場を切り開き成長が期待できるビジネスモデルなら事業の継続性や収益性の不安も少なくなるでしょう。

逆に現在黒字でもあっても売上が伸び悩み利益に減少がみられる既存のビジネスモデルでは成長が期待できず継続性や収益性に不安が残ります。

そのため会社がIPOを目指すなら前者のような新たなテクノロジーを使った製品やサービスを開発し販売する、イノベーションを起こして他社との差別化を図るといった要素をビジネスモデルに組み込んでいることが重要となるのです。

③事業計画書

ビジネスモデルに基づき一定期間の具体的な経営内容・活動内容を示すのが事業計画書であるため、その作成内容は上場審査の合否に大きく影響します。そのため事業計画書の作成では事業の継続性や収益性等を考慮した慎重な対応が必要です。

まず、事業計画の内容については一般的に下記の項目が挙げられます。

  • 経営理念
  • ビジョン
  • 事業環境(外部及び内部)
  • ビジネスモデル
  • 経営戦略・事業戦略
  • 数値計画(利益、販売、仕入、生産、人員、設備投資、資金 などに関する計画)

事業計画書は以上の項目についてまとめますが、「何故そうなったかのか」という根拠を客観的に示すことが重要です。計画策定の前提は事業環境の分析でありその具体的な数値や情報を示す必要があるとともに、採用するデータは信頼できる第3者のものを使用することなどが求められます。

その上で自社の強み・弱みを的確に示し、ターゲットとする市場の将来性や自社とのマッチングの良さなどを示すことが重要です。

また、その優れたビジネスモデルで実需に結び付ける方法や、実現の可能性が高い点など根拠をもって示さなければなりません。目標の売上高や利益を達成するための行動計画として、何をいつ誰がどのように行うかなどを示す必要があるのです。

具体的には計画が実行できると判断できるための設備投資、人材の配置、技術開発や資金調達の内容を的確に示すことが求められます。

 

7-5 上場審査に向けた社内体制の整備

上場審査に合格するには会計監査や内部統制などについて適正に対処することが不可欠であり、その社内体制を整備することがIPO実現に欠かせません。なお、社内体制を整備する際のポイントとしては以下の点が挙げられます。

・適正な役員や機関設計

役員が適正に職務を遂行できるための体制が整備・運用される
取締役会、監査役会、外部役員が適正に設置され、取締役会等での議事録が整備される

・業務管理体制の整備や社内規定

各種業務が社内のルールによって遂行される体制が整備され、必要な社内規定が作成・運用される

・法令遵守の体制

コンプライアンスの認識や企業倫理の認識を全社的に高め、会社に影響する法規制や監督官庁等の行政指導などに適正に対応できる体制が整備される(特に反社会的勢力との関係の排除、労働関連法規の遵守などが重要)

なお、上記の社内体制を整備するためにはIPOを支援する証券会社、監査法人やコンサルティング会社などの力を借りるのが有効です。

8 まとめ

今回は、会社設立と発起人の関係、設立後の株式公開を目指す方法についてご紹介しました。会社を設立する際に必須の存在である発起人ですが、取締役とは別の役割を担っています。また、設立が完了すれば株主として会社の運営にかかわっていきます。発起人は、最低一株の株式を引き受けなければいけません。友人や知り合いに発起人のメンバーに加わってもらうように依頼することも考えられますが、会社の意思決定、売却時の利益配分などにも関わってくる問題なので、信頼できる人に発起人になってもらうことをおすすめします。信頼できない人同士で発起人になった場合、発起人間の意見が合わずに結局設立にたどり着けない、事業に注力していない人でも出資比率が大きければ意見が通ってしまうというリスクがあります。

また、IPOについては、上場維持や株主総会の開催・運営などでの手間とコストが生じるというデメリットがあります。一方、返済義務のない資金調達、知名度・信頼度の上昇、人員確保の容易化、社員の意欲向上などのメリットを享受することも可能です。まずは、これらのメリット・デメリットの特徴を考え株式公開するか否かを検討したほうがよいでしょう。IPOの実現には証券取引所での上場審査に合格する必要がありますが、審査の形式要件を満足した上で上場審査基準をクリアすることが不可欠です。審査の内容は多岐にわたりますが、特に業績及び事業の継続性や収益性の点は極めて重要となります。

要求水準の業績を確保するためにはそれを達成できるビジネスモデルの採用が必要であり、実際に展開できることを事業計画書で示さなければなりません。現在の業績が不十分でも事業計画書を適正に作成することで将来の収益性の高さや財政の安全性なども示せるため、審査で有利となるような作成が求められます。

また、要求される社内体制の整備と運用も必要です。適切なルールによって業務が遂行できる管理体制や法令を遵守するコンプライアンス体制などを整え運用できるようにしましょう。