新型コロナの感染拡大により会社設立後から事業の継続に苦しんでいる企業がいる一方、困難な環境を打破するため様々な取組に挑戦している企業もいます。2021年度版中小企業白書ではそうした企業の取組を紹介しており、中小企業等がコロナ禍を乗り切るための有効な情報源となっているのです。
そこで今回の記事では、同白書の情報を中心に「コロナ禍を生き抜く中小企業等の経営」を紹介します。中小企業白書等の活用メリット、新型コロナの企業経営への影響、危機を乗り越えるための財務強化・デジタル化・M&Aの活用・消費者の意識変化への対応などに興味のある方は参考にしてみてください。
目次
1 中小企業白書の概要と活用メリット
ここでは中小企業白書の主な内容とその活用の意義について説明しましょう。
1-1 中小企業白書とは
中小企業白書とは、中小企業基本法第11条の規定に基づいて、中小企業庁が中小企業の動向および中小企業に関する施策について毎年、国会へ提出する報告書のことです。
同白書は毎年6月末頃に市販版が発行されますが、中小企業庁のサイトで過去の年度版や最新版などがPDF版やHTML版で閲覧できます。
①中小企業基本法と中小企業白書
中小企業基本法は、中小企業に関する施策の基本理念、基本方針、基本事項等を定め国等の責務等を明らかにし、中小企業等への施策を総合的に推進するために定められた法律です。つまり、国等は中小企業等の発展のために施策を講じ推進することが義務付けられています。
国等が中小企業施策を推進していくには、その根拠となる情報が必要となりますが、それが中小企業白書なのです。中小企業施策の実施にあたり国は必要な法制上、財政上および金融上の措置を講じねばなりません。
そのため国は定期的に中小企業の実態を明らかにするための調査を行い、その結果を中小企業白書として公表しているのです。
*特に小規模企業者を中心とした報告書として「小規模企業白書」が提出されている
施策の立案には、中小企業等を取り巻く環境(経済、各産業、大企業動向等)の分析や中小企業等の経営状況の調査を行い、その問題の把握と解決策の考察などが必要になります。従って、中小企業白書にはそうした内容がまとめられ掲載されています。
②中小企業白書の主な構成
中小企業白書の構成は年度により若干異なることもありますが、内容的には概ね以下の通りです。
1)中小企業等の現状把握
中小企業・小規模事業者の動向、実態と中小企業施策の方向性
(各種統計データ等に基づいた経済状況の分析等)
2)中小企業等の課題と取組
当該年度における中小企業等が直面する主要な課題と解決に向けた取組
3)中小企業施策と附属統計資料
前年度に講じた中小企業施策の主な内容
中小企業経営等に関わる各種データ(企業数、開廃業率、中小企業の経営指標等)の添付
最近の年度版では、第1部は中小企業等を取り巻く環境や経営の分析、第2部は中小企業等の経営課題や取組内容の説明と、前年度の中小企業施策の紹介、といった構成になっています。
また、最近の特徴としては事例やコラムによる中小企業等の取組内容などの紹介が多く掲載されるようになりました。
1-2 中小企業白書の内容と活用の意義
中小企業白書を利用することで会社設立後の経営にどのようなメリットがあるのか、を説明しましょう。
①豊富なデータに基づく中小企業等の現状分析
中小企業白書には中小企業等の現状を捉えるための分析が様々なデータを基に行われており、会社設立直後の企業などでも経営に活かせます。
同白書の第1部は中小企業等の動向と実態などについての解説です。たとえば、2021年版中小企業白書の第1部は以下のような内容が含まれています。
- ・我が国経済の現状
- ・中小企業・小規模事業者の現状
- ・雇用の動向
- ・取引環境と企業間取引の状況
- ・中小企業・小規模事業者を取り巻くリスクへの対応
- ・多様な中小企業・小規模事業者
- ・中小企業・小規模事業者の労働生産性
- ・開廃業の状況
以上の通りマクロとミクロの両方の視点から中小企業等の経営環境や経営実態が分析され、問題点や対応策などが指摘されているのです。
2021年度版では各種統計データ等から現状の日本経済を概観の上、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う経済的影響や企業の対応策、国等の支援策などが掲載されています。
企業が事業を成功に導くには環境を認識・分析し取るべき戦略・戦術を考案していくことが第一に必要ですが、その前提となる環境分析やその根拠となる各種情報を白書は提供しているのです。
中小企業等が単独では到底実施しえない調査や分析が行われ、現状を踏まえた取るべき事業の方向性や経営方法などを白書は教えてくれます。白書の内容やデータをそのまま自社の経営に取入れられない面もありますが、各業界が抱える課題や新たに発生したニーズなどはどの企業でも参考になるはずです。
白書は危機を脱する方法、ビジネス機会のヒント、業務改善等の代替案、などの情報源としての価値が十分にあるため積極的に活用しましょう。
②具体的な課題と解決策の把握
中小企業白書の第2部は主に中小企業等の課題と解決策の方向性などが指摘されますが、21年度版では新型コロナによる危機という問題を中小企業等がどう乗り越えるか、がテーマ別で説明されています。その21年度版第2部の各テーマは以下の通りです。
- ・中小企業の財務基盤と感染症の影響を踏まえた経営戦略
- ・事業継続力と競争力を高めるデジタル化
- ・事業承継を通じた企業の成長・発展とM&Aによる経営資源の有効活用
中小企業等は経営資源の脆弱さや競争力の弱さから様々な課題に直面し難しい経営を強いられることも多いですが、新型コロナの影響でさらに苦しい状況に追い込まれています。
既存の課題に加え、パンデミックという脅威に晒された中小企業等が具体的にどのような課題に直面しどう解決していくかを同第2部は示しているのです。こうした具体的な課題や取組内容は他の中小企業等の経営にも役立つでしょう。
③参考となる事例やコラム
最近の中小企業白書では事例やコラムが多く掲載されています。事例を通じて、実際の中小企業等の事業継続や成長のための取組などを具体的に確認することが可能です。
特に2021年度版は事例等が豊富で事例だけでもその数は50以上におよび、以下のような事例が掲載されています。
- ・正社員・パート社員を問わず、皆で助け合う組織風土を醸成し、日本の人形文化を継承していく企業(第1部 事例1-1-1)
- ・会計・財務を学び高利益率を実現していたことで、感染症流行下でも落ち着いた事業の見直しができた企業(第2部 事例2-1-1)
- ・研究開発の促進のために、株式上場による資金調達や企業間連携を行い、事業を成長させる中堅企業(事例2-1-6)
- ・マーケティングのデジタル化により感染症流行下のピンチをチャンスに変えることができた企業(事例2-2-1)
- ・従業員への事業承継に当たり、全従業員アンケートにより後継者を選定した企業(事例2-3-1)
- ・ポスト・コロナを見据え、歴史ある地元ホテルをM&Aにより事業承継した企業(事例2-3-13)等
なお、コラムも多く掲載されています。たとえば、第1部のコラム1-1-1の「地域コミュニティにおける商業機能の担い手である商店街に期待される新たな役割」のような内容の紹介です。
リアルな事例やコラムの内容を通じて、中小企業等が置かれる状況、抱える課題、解決への方向性や具体的な取組内容などを認識し学ぶことができます。こうしたリアルな情報を活用すれば、自社を成長へと導くための経営方法を理解し、実践していくことも容易になるはずです。
④有効な施策の把握と活用
中小企業白書のもう1つの重要な情報は「中小企業施策」です。例年では白書の後半部分に前年度に実施された施策内容が紹介されています。たとえば、2021年度版では「令和2年度において講じた中小企業施策」として、以下の内容が紹介されているのです。
・第1章 新型コロナウイルス感染症対策:
資金繰り支援、投資促進・販路開拓支援、経営環境の整備
・第2章 事業承継・再編・創業等による新陳代謝の促進:
事業承継支援、創業支援
・第3章 生産性向上・デジタル化:
生産性向上・技術力の強化、IT化の促進、人材・雇用対策
・第4章 地域の稼ぐ力の強化、インバウンドの拡大:
インバウンド需要拡大支援、地域資源の活用 等
・第5章 経営の下支え、事業環境の整備:
取引条件の改善、消費税率引上げ対応支援、小規模事業者の持続的発展支援 等
以上の内容の通り、ここ最近まで重要となっていた課題のほか、20年度の新型コロナによる影響などに対応した施策が講じられているのが確認できます。こうした施策の内容を把握すれば、自社が気付いていない課題を認識できるほか、利用可能な施策を把握することも可能です。
施策は企業の各種の経営資源に直結するものも多いため、施策を活用できれば経営基盤の強化、危機からの脱出、事業機会の発見などを効果的に進めやすくなります。
また、施策のトレンドを認識すれば、世の中、業界等の動きを掴み事業の方向性を修正したり再構築したりするための情報源としても役立つでしょう。
2 財務基盤と感染症の影響を踏まえた経営戦略
ここからは2021年度版中小企業白書の第2部の紹介です。21年度版では、「危機を乗り越える力」を主要テーマとして中小企業等の具体的な課題と取組内容がテーマ別に説明されています。
ここでは最初のテーマである「財務基盤と感染症の影響を踏まえた経営戦略」の重要点を紹介していきましょう。
2-1 中小企業の財務基盤・収益構造と財務分析の重要性
この節は、各企業の財務基盤・収益構造、企業の各種財務指標に対する意識に着目して、中小企業等が財務・収益の状況について把握することの重要性を指摘しています。
①企業規模別の財務基盤・収益構造の推移
1)企業の資金調達構造
・自己資本比率(2019年度)は、中規模企業と大企業が40%台だが、小規模企業は17.1%と低い
・借入金依存度(2019年度)は、中規模企業と大企業は30%台だが、小規模企業が60.1%と高い
⇒小規模企業の財務面の安全性は相対的に低く、一層の改善が求められます。
*2021年度版中小企業白書 第2-1-2図
・中規模企業の自己資本比率上昇の要因は、利益剰余金の貢献度が高い
⇒小規模企業も利益の蓄積による改善が見られるものの、借入依存度が大きいため中規模企業ほどの自己資本比率の改善が見られません。
2)収益・費用構造
・中規模企業の場合、売上高は横ばいだが2000年代から経常利益が増加している
*2021年度版中小企業白書 第2-1-4図
・損益分岐点比率(2019年度)は、大企業が60.0%、中規模企業が85.1%、小規模企業が92.7%である
⇒中・小規模企業の損益分岐点比率(売上高が現在の何%を下回る水準になれば赤字に陥るかを表す指標で、売上高の減少に対する耐性を示す指標)は大企業に比べ大きく劣り、特に小規模企業は、少しの売上高の減少で直ぐに赤字に陥るという安全度の低い費用構造になっており改善が求められます。
②中小企業の財務基盤・収益構造の多様性
・損益分岐点比率(2019年度)については、宿泊業や飲食サービス業では高く、卸売業や建設業は低い
⇒業種により赤字への耐性が異なるケースはよく見られます。
・宿泊業や娯楽業では100%以上(赤字)の企業が多いが、90%未満の割合が半数を超えており、業種の中でのばらつきが見られる
⇒赤字傾向の業種でも事業・経営の仕方により赤字に転落しにくい構造にすることも可能です。
⇒財務基盤の弱体化は、環境変化の悪影響を乗り切る上での障害になります。他社・業界水準と比較して自社の財務基盤・収益構造の改善に努めるようにしましょう。
③各種財務指標に対する意識
財務基盤・収益構造を改善するには、それらの状態の把握が必要であり資金繰りや財務指標に関する理解が求められます。
1)業績・資金繰りの管理
・業績や資金繰りの見通しなどの管理を適切に行う企業は、そうでない企業に比べ財務面での課題が少ない。また、できていない企業ほど、「固定費が高い」、「借入金が多い」などの課題が多い
⇒業績・資金繰りの適切な管理が財務の安全性の確保に欠かせません。
2)財務分析
・売上高経常利益率や損益分岐点比率を自社で計算している企業の方が利益率は高く赤字になりにくい
・自己資本比率を計算している企業の方が倒産リスクは低い
⇒財務に対する意識が高いと安全性・収益性は良化する傾向が見られるため、財務管理の体制を整え、適切な管理に努めましょう。
④事例2-1-1:会計・財務を学び高利益率を実現していたことで、感染症流行下でも落ち着いた事業の見直しができた企業
●企業概要
・企業名:株式会社ミズ・バラエティー
・所在地:静岡県富士市
・事業内容:物流サービス業、製造受託業
●改善への取組に至る理由等
・同社は販促品の卸売が中心事業で、携帯ストラップのヒットなどにより事業を拡大させたが、スマホの普及やリーマン・ショックも加わり販促品の需要が激減した
・社長の栗田氏は焦で、売上15%増など根拠のない営業ノルマを社員に課したが、売上は大きく落ち経常利益は赤字に転落した
・銀行借入れも困難な状態となり、昇給や賞与が出せなくなると離職者が増加した
●改善への取組
・退職者の経営へに対する不満を聞いたことで栗田社長は経営の抜本的な見直を決意し、経営者向けの勉強会に参加して会計と財務を学んだ
・その学習を通じて財務管理や財務データに基づく合理的な経営を理解できた結果、3PLへの事業転換と黒字化を決意する
・大不況下でも赤字転落しないように、経常利益率10%以上、自己資本比率50%を目標とした
・不況の克服などのために、合理的な数値目標を社員に示し、彼らとの信頼関係やモチベーションを維持する経営を行う
●改善の取組効果
・自己資本比率を-47%から+27%まで改善した
・コロナ禍で同社の売上高が3割落ちたが赤字は回避できた
・不況対策として金融機関から借増しを行い、余裕資金で中期的な経営戦略の構築に取組んだ(マーケティング戦略の見直し、組織改革)
・コロナ禍でも内部留保の充実により2020年は定期昇給と4カ月分の賞与支給を実現し従業員を安心させた
●取組の重要点
・財務分析が重要
⇒企業の問題と原因は、業績データ・財務指標からの分析と各業務の担当者、関係先や顧客などの意見等から考察すれば把握できます。
⇒企業の経営状態を把握するためには、会計や財務管理などの知識が必要となるため、経営者はそのことを認識して業務として実施できる体制を整備しなければなりません。
2-2 新型コロナによる影響と資金調達の動向
この節では、新型コロナが企業の売上高や資金繰りに与えた影響、中小企業の資金調達の動向や支援策の活用状況などが分析されています。
①新型コロナによる売上高への影響
1)2020年の売上高
・小規模企業ほど減少幅が大きい
・宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業で減少するケースが多く、建設業では少ない
・大半の業種で事業者向け(BtoB)の方が消費者向け(BtoC)よりも前年度を上回る割合が高い。他方、製造業や卸売業・小売業ではBtoCの方が割合は高い
⇒製造業や小売業では、EC販売など接触を避けた提供方法が業績に貢献したと考えられるため、こうした提供方法を展開できる業態に変更することも必要です。
2)時系列で見た影響
⇒全体的に10~12月に改善傾向が見られました。その要因は10月前後で国内の新規感染者数が比較的低位で推移した点と、国内の感染拡大から半年以上が経過し、企業が新しい生活様式の中で事業を継続するために戦略を見直した点、などが挙げられます。
⇒中小企業では、感染症発生前後の2019年・2020年に固定費は抑制されてきましたが(その結果損益分岐点比率が下がる)、2020年10-12月期では固定費は増加傾向にあり感染症以前の収益構造より悪化しました。
②新型コロナの影響も考慮した資金繰り支援
1)給付金・助成金
・持続化給付金や家賃支援給付金などによる支援が提供された
・雇用調整助成金(新型コロナウイルス感染症の影響に伴う特例)は、2020年1月24日以降2021年2月末までに約267万件、約2.9兆円が支給された
2)融資・保証・条件変更
・セーフティネット貸付」(日本政策金融公庫)や「新型コロナウイルス特別貸付(2020年3月17日開始)」への申込みが急増した
・商工組合中央金庫の「新型コロナウイルス感染症特別貸付」への申込みも急増した
・信用保証制度(借入の際の債務保証)への申込件数も急増した
・2020年3月以降の貸付条件変更の申込みは4月がピークとなり、その後減少傾向にあるも毎月相応の申込みが持続している
3)中小企業の支援策の活用状況
・持続化給付金は従業員規模の小さい企業、雇用調整助成金は大きい企業が活用している傾向が見られる
・宿泊・飲食・生活関連サービス業では、ほとんどの支援策で活用割合が高い
⇒新型コロナの影響の大きかった企業をはじめ多くの企業が国・自治体等の各種支援策を活用しています。
③コロナ禍での中小企業の資金繰り動向
1)資金調達環境の変化
・2020年に入り大企業・中小企業共に資金繰り判断DI(指数)は低下しているがゼロ近辺かプラス側の水準で推移
・金融機関の貸出態度判断DIは、大企業で小幅な下落、中小企業で横ばいであり、過去のショック時と比べ貸出態度は悪くない
・中小企業向けの貸出残高はコロナの影響で更に増加、その増加率は2020年7-9月期にかけて上昇
⇒7-9月期も中小企業の資金需要はピークアウトせず、金融機関も融資を継続しています。
⇒広範囲の資金繰り支援が実施されたため、中小企業の一時的な資金繰りは支えられ、資金繰り判断DIの悪化や倒産件数の増加の抑制に繋がりました。危機対応には公的支援を積極的に活用するのが重要です。
⇒新規の借入や借入の返済猶予が今後の中小企業経営の負担になるため緻密な経営が求められます。
2)資金調達の動向
・2020年の財務キャッシュフロー(借入・返済、増資等による現金の流出入)がプラスの企業が増加
・自己資本比率や売上高経常利益率の低いグループの方が、借入を増やす傾向がある
⇒借入依存度の高いグループで借入が一層進み、財務の安全性の二極化が進行
・感染拡大後の新規借入する企業の割合は、宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業などが高い
・新規借入した企業のその資金使途は「手元現預金の積み増し」が多い
・宿泊業の使途は、「赤字補てんや当面の資金繰り」が他の業種に比べて高い。飲食サービス業では、「感染症対策」「新製品・サービスの開発や新規事業の立ち上げ」とする企業の割合が比較的高い
⇒新型コロナの影響が大きい業種でも新たな取組を使途として資金調達しているケースが少なくありません。現状維持のためだけでなく、ピンチをチャンスに変えるための取組に資金を活用することは重要です。
3)手元現預金に対する意識の変化
・感染拡大を契機に中小企業等が手元現預金を増加させており、業種別では宿泊業、飲食サービス業、生活関連サービス業などの手元流動性(短期的な支払能力)が向上した
⇒不確実性に対応するため、手元現預金の積み増しが必要と考えている企業が増加しています。
4)設備投資に対する意識の変化
・2020年4-6月期以降、多くの業種では前年より固定資産が増加したが、中小企業の宿泊業、飲食サービス業では大きく減少した
・設備投資のスタンスの変化を見ると、中小企業では感染拡大前から「維持更新」が低下し、「情報化への対応」や「新事業への進出」が上昇していたが、感染拡大後もその傾向は強い
・2020年の投資計画での設備投資目的は、新型コロナの影響のあった企業の方が、「合理化・省力化」、「情報化関連」、「新規事業の進出」、「新製品の生産」等の回答割合が高く、「設備の代替」、「維持・補修」の回答割合が低い
⇒感染拡大下でも投資意欲のある企業では、維持・更新ではなくデジタル化や新事業への進出といった前向きな投資スタンスを取っています。
2-3 危機を突破するための中小企業の取組
この節では、新型コロナの影響を軽減した企業や回復を遂げた企業の特徴を分析し、ウィズ/ポスト・コロナに対応する経営戦略の重要性が指摘されています。
①経営危機を乗り越える取組
・危機を打開するための取組として、危機前では「新事業分野への進出、事業の多角化」と回答した企業の割合が最も高い。また、危機下の取組では「資金繰りの改善」が最も高い
・経営危機を打開するためには事業戦略の見直しは有効である
・危機の打開のために実施した取組(雇用・人材面)を見ると、全般的に「減給」、「賞与のカット」、「役員報酬カット」を実施した企業が多い。一方で、総資本利益率2%以上の企業では、「社内人材の教育・訓練」の割合が高い
・雇用・人材以外の取組では、2%以上の企業は「新規顧客開拓」、「生産効率改善」、「高付加価値製品・サービスの拡充」の割合が高い
⇒危機克服のためには、「高付加価値製品・サービスの拡充」「新規顧客開拓」「生産効率の改善」「社内人材の教育・訓練」などの新たな取組の推進が重要になります。
②経営計画の運用と感染症の影響の関係性
・経営計画の策定の有無で新型コロナの影響は変わらないが、経営計画の期間が長い企業の方が影響はやや小さい
・経営計画の修正を十分行ってきた企業の方が感染症の影響が小さい
・感染拡大前に経営計画を見直して、「円滑に資金調達ができた」企業は、危機回避に成功しやすい
⇒経営計画の策定・実行により突然の危機からの影響を軽減しやすくなりますす。ただし、計画策定ではその内容が企業の現状に適応したものなっているかの確認と修正の継続が重要です。この仕組みを回せる企業は新型コロナのような危機にも対応しやすくなるでしょう。
③売上高回復企業の特徴
売上高が既に回復した中小企業等の意識や取組、今後の危機克服に必要な取組をまとめると以下のようになります。
1)同業他社と比べた回復状況
・回復していると考える企業は3割以上存在する
2)経営計画の見直しと売上高回復の関係性
・経営計画に対する定期的な評価・見直しを十分に行っている企業ほど、売上高回復企業の割合が高い
3)事業環境変化への対応状況と売上高回復の関係性
・感染症の流行を事業の脅威と感じている企業ほど売上高回復企業の割合が低く、機会と感じている企業ほど高い
4)事業環境変化への対応に向けた取組
・新製品・サービスの開発・提供について、感染拡大後に積極的に実施している企業の方が、環境変化へ柔軟に対応できていると感じる企業の割合が高い
・感染拡大後に新事業分野へ積極的に進出している企業ほど、環境変化へ柔軟に対応できていると感じる割合が高い
・事業環境の変化への柔軟な対応は企業全体で取組んでいく必要がある
・感染拡大後に従業員の能力開発・ノウハウ取得のための研修を積極的に実施しているほど、環境変化へ柔軟に対応できていると感じる割合が高い
・試行錯誤を許容する組織風土がある企業ほど、売上高回復企業の割合が高い
⇒新型コロナの影響を大きく受けても経営環境の変化に応じて柔軟に経営戦略を策定・修正すれば、その影響を克服するのに役立つはずです。実際できている企業では、経営理念やビジョンが明確になっているほか事業領域や取組に関しては柔軟な発想で考案の上遂行され見直しも行われています。
④支援機関の活用
危機下では、自社の財務基盤・収益構造の把握、当面の資金繰りの確保、その上での経営計画の修正による事業環境の変化への対応が必要になりますが、それを実行するには支援機関の活用が有効です。
財務の安全性が低い企業では、財務・経営に関する相談、経営計画の共有・策定支援、などを受けるケースが多く支援機関の活用は役立ちます。
2-4 中小企業の環境変化への対応
経営戦略の策定では、危機前でも事業環境の変化にも着目することが必要です。人口減少、内需の縮小や地方での過疎化といった状況が進展する中、デジタル化やグローバル化のトレンドに乗って、販路や経営資源を補完することなどが求められます。
また、消費や働き方の多様化の中で、消費者や従業員の価値観の変化に適応させてビジネスを変容させることも重要になります。以上の点を踏まえ、中小企業等の今後の新しい進出事業として、下記の分野は有望になるでしょう。
1)環境・エネルギー、SDGs/ESG
SDGs(国連で採択された持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)への注目度が世界的に高まっており、それを受けて環境・エネルギー分野への関心は高いです。
2)グローバル化
新型コロナは海外の販路や生産拠点に深刻なダメージを与えましたが、国内の人口減少による需要減少を踏まえると海外需要の獲得は今後も重要になります。
中小企業の売上高に占める輸出額の割合は長期的には増加傾向にありますが、新型コロナによる影響で中小企業等も海外売上高を大きく落としました。そのため海外ビジネスの事業方針の修正に迫れている企業は少なくありません。
実際、販売戦略の修正で「海外販売先の見直し」、「バーチャル展示・商談会等活用の推進」、「越境EC販売開始・拡大」を行っている企業も多いです。生産面では「生産数量・配分や生産品目の見直し」や「新規投資/設備投資の増強」に取組む企業も多く見られます。
中小企業等においても販売・生産の両面で海外進出の積極化は避けられないでしょう。
3 事業継続力と競争力を高めるデジタル化
ここでは事業継続力の強化および競争力の強化に向けた中小企業のデジタル化に関する取組が分析されています。
3-1 国内のデジタル化の動向
ここの注目点は、コロナ禍での中小企業のデジタル化に対する意識やIT投資の変化です。
・感染拡大の状況を踏まえ、多くの企業で生産性向上に加え事業継続力の強化の観点からデジタル化の意識が高まっている
・世の中の固定観念が変化している今こそが、DX(事業環境の変化に迅速に適応する能力を持ちITツール・システムだけでなく企業文化を変革すること)を本格的に推進する絶好の機会である
・IT投資が労働生産性の改善に繋がるとは限らない(因果関係は小さい)
・小規模なIT投資の方が、大規模な投資よりも導入期間が短く導入効果が得やすい
⇒中小企業でデジタル化による労働生産性の向上を図るには、IT投資以外にもデジタル化の取組が自社内に浸透していくような組織的な取組が求められます。
3-2 中小企業のデジタル化に向けた現状
ここでのポイントは、感染拡大に伴うデジタル化への取組の変化、各ITシステムの導入状況、IT人材等の現状、などの確認です。
①感染拡大前後のデジタル化に向けた取組の変化
・感染拡大に伴うデジタル化の重要項目は、全産業では「経営判断や業務プロセスの効率化・固定費の削減」を挙げる割合が約半数で、業種では「建設業」、「運輸業,郵便業」が多い
・「宿泊業、飲食サービス業」や「生活関連サービス業、娯楽業」では、「新たな事業や製品、サービスの創出と改善」の割合が最多で、「製造業」では「サプライチェーンの最適化・生産プロセスの改善」を挙げる企業も一定数いる
・IT投資の予算の大半が働き方改革や業務効率化に向けられる傾向がある
・ITを活用した働き方改革の取組では、感染症流行後は「Web会議」を挙げる割合が最も高い。「テレワーク、リモート勤務」も増加し、柔軟な勤務形態の整備に向けた変化が見られるが、「文書の電子化」や「社内の電子決裁」は取組が進んでいない
・ITを活用した販売促進活動では、感染症流行後、BtoBでは「オンラインでの商談・営業」、BtoCでは「自社HPの活用」に取り組む企業が4割以上を占める
⇒感染対策での働き方、業務効率、販売促進や生産改善の点からのデジタル化が多いですが、ニューノーマルや長期的視点からの推進はまだ多くありません。
②ITツール・システムの導入状況
・人事や経理分野でのITの導入が以前より進んでいる
・働き方改革の取組の進展により感染拡大前後から「コミュニケーション」関連のIT導入が進んでいるが、「業務自動化」や「経営分析」関連の導入は多くはない
・多くの企業でIT投資額が増加傾向にあるのは、「デジタル化の推進→業績に好影響」と考えるからだ
⇒長期的視点を踏まえIT投資が業績向上に結び付く投資計画を立案し、適切に運用することが求められます。
③クラウドサービスの導入状況、今後の利用方針
・全体的にはクラウドサービスの利用は進んでいない
・従業員数が多い企業ほどクラウドサービスの利用拡大に積極的である
・IT投資額が増加傾向の企業は、クラウドサービスの利用拡大にも積極的である
・事業継続力の強化の観点から感染症流行を契機にデジタル化への意識が高まっている企業は、クラウドサービスの利用拡大にも積極的である
⇒クラウドサービスは比較的少額で利用できる費用対効果の高いサービスであるため、小規模企業は活用を検討するべきです。
④IT人材の確保と育成
・デジタル化を推進できる人材を大半の企業が確保できていない
・IT人材を確保できていない理由に報酬の問題がある
・IT人材の採用・育成のための体制が整っていない企業が多い
・IT人材を確保する手段は「既存社員の育成」が多く、「何も実施していない」とする企業も2割超存在する。育成方法では、社員任せの企業の割合が多い
⇒デジタル化を推進するためには経営陣が主導してその体制を整備する必要があります。そのためには第一に経営陣が、デジタル化の推進に不可欠な人材の確保と育成の重要性を認識しなければなりません。
⑤情報セキュリティ対策
・サイバー攻撃に伴う自社の被害の可能性・程度を認識している中小企業は、半数に満たない
・全体の2割以上の企業がサイバー攻撃の被害を受けている。潜在的な被害も含めると被害数はもっと多い
・情報セキュリティ対策について、十分に対策している企業は全体の14.2%にとどまる
・小規模企業の方が情報セキュリティ対策に取り組んでいる割合が低い
・情報セキュリティ対策の体制面に問題がある
⇒小規模企業は特に情報セキュリティ対策の認識が甘く、人材不足で体制が不十分であるため改善が求められます。
⑥事業継続力の強化に向けたデジタル化の取組
・業種を問わず事業継続力の強化に向けたデジタル化に取組んでいる企業が多い
・大規模企業ほど事業継続力の強化を意識したデジタル化推進が多く見られる
・事業継続力の強化を意識してデジタル化に取組む方が、業績に良い影響を及ぼす
・事業継続力の強化を意識してデジタル化に取組んでいる企業の方が労働生産性は良くなる
⇒事業継続力の強化を意識してデジタル化に取組んだ方が、競争力を強め危機への耐性を高められます。
⑦事例2-2-2:デジタルマーケティングの強化によりEC市場を新たな販路として、感染症流行下の巣籠もり需要を獲得した企業
●企業概要
企業名:日本食品製造合資会社
所在地:北海道札幌市
事業内容:食料品製造業
●デジタル化の推進に背景・理由
・日本食品製造合資会社は、シリアル・オートミール・スイートコーン缶詰を製造・販売する老舗企業
・これまで自社製品、小売店や卸売店より委託を受けるプライベートブランド製品、食品工場や外食産業用の業務用製品、の3つを主要販路として市場変化に強い事業構造を作ってきた
・2019年度よりEC市場を新販路とする目標を掲げ推進し始めた
●改善への契機と取組内容
・ECへ取組む際に北洋銀行からデジタルマーケティングに着目するようにアドバイスを受けた
・従業員にECの展示会に参加させるなど、EC・デジタルマーケティングの仕組み、顧客の自社サイトへの誘導方法などを学習させた
・北洋銀行からデジタルマーケティングに強い企業を紹介してもらい、自社サイトのリニューアル、Google等での広告、SEO対策などを進めた
・自社サイトに健康増進ニーズに向けたオートミールの専用サイトを設置し、動画やレシピなどで具体的な利用シーンをPRする
・EC関連業務の専任担当者を選任し、欠品を出さない在庫調整、デジタル広告の解析等に注力する
●改善の取組効果
・感染拡大後の2020年4月には既存事業の製品が7割低下したが、通販サイトでの販売を含む自社製品の売上増加でその低下分を補えた
・特にオートミールは、コロナ禍でのダイエットに有効な健康食品として、巣籠もり需要を捉えた
・需要増に対応できず、欠品の発生や新商品投入スケジュールの遅延が生じたため、今後はデジタル化を中心とした生産システムの改善に取組む方針である
●取り組みの重要点
・コア販路の拡大
⇒企業の発展には、事業の多様化や販路の拡大が不可欠です。既存の販路の収益が安定していても市場環境の変化により業績が大きく落ち込むこともあるため、新販路の開拓は定期的に取組む必要があります。
・新たな取組への適切な準備
⇒経験のない事業や業務を進めるには、支援者の協力と活用が重要となるほか、従業員教育や担当者の設置といった準備が欠かせません。
・重要ポイントを抑えた業務の確立
⇒未経験の事業などで成果を得るためには業務での重要ポイントを認識して、それを実行・管理できる方法を確立・運用させることが重要です。
3-3 中小企業のデジタル化推進に向けた課題
この節では、中小企業の現状からデジタル化を推進するための課題が分析されています。
・デジタル化推進に向けた課題について、全産業では「アナログな文化・価値観が定着している」、「明確な目的・目標が定まっていない」、「組織のITリテラシーが不足している」などを挙げる企業が多い
・小規模企業では、明確な目標の未設定、資金不足などを課題として挙げる傾向が見られ、組織体制が特に課題となっている
・デジタル化で効果が得られなかったとする企業では、アナログな文化・価値観の定着を課題に挙げる割合が多い
⇒デジタル化を推進するためには、アナログな文化・価値観を打破する、目的・目標を明確化する、社員のITリテラシーを補強する、などの取組が必要であり、その実現に向けた体制整備が不可欠です。
3-4 中小企業のデジタル化に向けた組織改革
この節では、前節等での課題を乗り越えてデジタル化を推進している企業の実態やそうした推進の取組が分析されています。
・デジタル化への積極的な組織文化を醸成し、企業内に浸透・推進していける組織的な取組が重要である
・経営者がデジタル化の推進を重要な経営課題と捉え、システム部門や現場の責任者と連携しつつ自ら積極的に取組むことが重要である
⇒デジタル化に対する全社的な意識の醸成、経営者の積極的な関与などは、デジタル化を推進させ業績や労働生産性の向上に繋がります。
・事業方針では、「新たな事業・商品・サービスの創出・改善」が最も重視され、次いで「取引関係の構築・改善」、「組織管理体制の見直し」と続く
・デジタル化の取組では、「経営判断・業務プロセスの効率化、固定費の削減」が最も高く重視され、次に「社内改善の取組」が続く
・事業方針の中に、デジタル化の方針・目標を含むと企業にプラスの影響が現れやすくなる
・社外との共創によるデジタル化では、ITベンダーや外部パートナーとの協業、公的支援機関の活用、などの社外連携が重要である
⇒デジタル化の推進には経営者の関与や推進体制の構築をはじめとする組織改革が重要な鍵になります。また、事業方針にデジタル化を含め、新事業開発や業務の効率化など自社の現状に適したデジタル化を推進することが肝要です。
なお、デジタル化は課題解決の1つの手段であるため、他の方法も有効に活用しましょう。
4 事業承継を通じた企業の成長・発展とM&Aの活用
ここでは休廃業・解散や経営者の高齢化、近年のM&Aに対する関心の高まりなどを踏まえ、中小企業の事業承継とM&Aの動向が分析されています。
4-1 事業承継による企業の成長・発展
この節の注目点は、休廃業等や経営者の高齢化の状況、事業承継の動向や事業承継実施企業のパフォーマンス、コロナ禍での経営者の事業承継に対する考え方の変化、などです。
①休廃業等や経営者の高齢化の状況
・2020年の休廃業・解散件数は新型コロナの影響などにより、前年までの4万台半ばでの推移から過去最多の4万9,698件となった
・休廃業等の企業の95%以上は従業員20名以下の企業である
・休廃業等の企業の代表者年齢を見ると、70代以上が占める割合が年々増加傾向にあり、その増加の背景には経営者の高齢化が影響している
⇒経営者の高齢化の進展に加え、新型コロナの影響もあり2020年の休廃業・解散件数は過去最多です。
・比較的業歴の短い企業の休廃業・解散も発生している(業歴「5年未満」が14.6%)
⇒会社設立後間もない時期は、取引先・顧客・資金調達先・人材の確保や開拓が容易でないため、事業を成長軌道に乗せるのが難しく休廃業等に至る可能性は小さくありません。
・黒字企業が業績不振以外の理由で廃業するケースも多い
⇒休廃業・解散企業の中には、経営者の事業継続意志がない企業も含まれています。一定程度の業績を確保しながらも休廃業する企業の貴重な経営資源を喪失させないためには、意欲ある次世代の経営者や第三者などへ事業承継を促す取組が必要です。
②事業承継の動向や事業承継実施企業のパフォーマンス
・小規模企業ほど交代前の経営者年齢は高く、大規模企業ほど交代前の年齢が低い。小規模企業では事業承継時期が相対的に遅い
・事業承継の方法が親族への承継から親族以外への承継に変化している
・後継者が不在する企業の割合は近年では微減傾向である
・後継者有企業のほうが、不在企業よりも売上高成長率、営業利益成長率および従業員数成長率が高い
⇒後継者の有無と企業パフォーマンスには相関関係が見られるため、後継者不在を課題としている企業では、後継候補者の選定や意思確認以外に事業の見直しや経営改善に努めることも必要です。
・後継者には様々な取組(新販路開拓等)に挑戦する傾向が見られる
・事業承継時に経営方針を明確することが事業承継後の新たな取組へ挑戦に繋がると考えられる
・承継後5年間の売上高成長率や当期純利益成長率を見ると、事業承継実施企業は同業種平均値よりも高い成長率で推移している
⇒事業承継が単なる経営者交代の機会ではなく、自社の更なる成長・発展の機会となり得るため、事業承継に向けた準備や承継後の取組を積極的に進めるべきです。
③経営者の事業承継に対する考え方の変化
・感染症に伴う事業承継に対する心境変化では、事業承継に前向き・積極的な経営者は、事業承継時期の前倒を検討する傾向が見られる。他方、事業承継を積極的に進めていない経営者は事業承継時期の延期を検討する割合が高い
⇒パンデミックによる影響は事業承継に対する意識・方針にも及ぶことが上記の内容から窺えますが、自社の影響を踏まえた事業承継の推進が求められます。なお、危機の影響を低減するためには早い時期からの準備が重要です。
⇒事業承継を契機に販路開拓や経営理念の再構築など新たな取組に挑戦する企業が多く、業績や事業の成長へ繋げているケースも多く見られます。今後、事業承継に迫られる企業では、ニューノーマル下での成長・発展を遂げるために、事業承継を利用して新たな取組を進めることも必要です。
④事例2-3-4:工場の移転拡張を契機に事業承継を推進し、会社の刷新と成長を遂げる企業
●企業概要
企業名:株式会社エーアイテック
所在地:長野県松本市
事業内容:生産用機械器具製造業
●事業承継に至る状況
・現、代表取締役社長の大林泰彦氏は、IT企業でエンジニアとして勤務していたが、先代社長の父からから事業承継の打診を受け、2008年に同社へ入社した
●事業承継への取組内容
・大林泰彦氏は入社後、営業、生産、設計などで業務経験を積み、その後、社内システムの刷新にも取組み、業務フローの理解を進めつつ事業承継の機会を計る
・需要の増加に伴い工場が手狭となり、工場移転を契機に事業承継の準備に入る
・工場移転による生産スペースの拡大で、従来にない新たな製品受注が可能となったほか、フォークリフトや移動棚の導入により作業効率が向上した
・先代社長の業務を掴んで事業承継を進めつつ、リーダーシップを執る機会を増す
・2016年夏に事業承継の時期を決め、2017年1月に従業員へ周知し同年4月に社長へ就任
・社長就任後、個別案件収支の担当者への開示、協力会社への支払現金化、電装設計CADの導入など業務改革を行う
・子育て中の女性エンジニアの時短採用やフレックスタイム制の導入など働き方の改革も推進する
●事業承継による取組効果
・従業員のモチベーションが向上した
・協力会社の支援、新工場での作業効率の向上や業務改革などにより、事業承継前と比べ同社の売上げは2倍、営業利益は4倍に増大した
・工場の外観や作業環境の改善により人材確保が容易となる
●本事例の重要点
⇒短期間で後継者を決めて事業承継するケースも多いですが、エーアイテック社では後継者に重要な業務の知識と経験を積ませるなどの十分な準備を行い、事業承継を実現させています。
⇒事業承継を機に新販路の開拓、新製品の開発や業務方法の改善などに取組むのは有効です。同社は工場移転というイベントを、事業承継に絡ませてビジネスの拡大や業務改善を進める機会として上手く活用できました。
4-2 M&Aを通じた経営資源の有効活用
この節では、中小企業のM&Aの動向や実施意向について分析されています。
①中小企業のM&Aの動向
・2020年のM&A件数は新型コロナの影響もあり前年比で減少したものの、3,730件と高水準である
・相談社数や成約件数も近年増加傾向で、中小企業でもM&A件数が増加している
・M&Aに対するイメージが良くなったと感じる経営者が多い
・地方の企業にとってもM&Aが身近な手段になってきている
⇒国内のM&Aは活発化しており、中小企業も有効活用するべきです。
②M&A実施意向
・約3割の中小企業はM&Aを実施する意向を持っている
・買いたい意向のある企業(買手意向の企業)では「自社より小規模」な企業を希望する割合が高く、売手意向のある企業では「自社より大規模」を希望する割合が高い
・買手意向や売手意向の企業には、相手先企業について希望する業種や業態などがある
・買手意向の企業、売手意向の企業のどちらも金融機関や専門仲介機関に依頼する割合が高いが、売手意向の企業では「事業引継ぎ支援センター」や「商工会議所・商工会」など公的機関に相談するケースも多い
・M&A経験済企業や若い経営者の企業などでは買手としてのM&Aの実施意向が高く、売上・市場シェアの拡大など成長戦略の手段として検討する企業も多い
・M&A未経験企業では、「期待効果が不明」や「判断材料としての情報不足」の点がM&Aの障壁となっている割合が高い
・雇用維持のほか、事業の成長・発展や事業再生を目的に売手としてのM&Aを検討する企業もいる
⇒事業承継やM&Aは、該当企業が培ってきた経営資源を有効活用して今まで以上に成長・発展を遂げる契機になるため、支援機関などを活用しながら早くから適切な準備を進めましょう。
5 コロナ禍を乗り切る経営での注意点
ここではコロナ禍やニューノーマルの時代を生き抜くために特に注意しておきたい点を説明しましょう。
5-1 消費者の意識変化への対応
新型コロナの流行により、消費者のニーズや行動様式に大きな変化が生じたため、企業はそれらに対応した事業活動が求められます。
新型コロナは中小企業等にも負の影響をもたらしましたが、一方で新たなニーズも発生し新販路の開拓や新事業の開発へ繋げた企業もいます。つまり、大きな危機が発生すると、消費者の生活に変化が生じ消費に対する意識や行動の変容に繋がるのです。
たとえば、新型コロナの感染拡大に伴って、消費者の感染予防意識の高まりや、テレワークや外出自粛による移動範囲の縮小などを受けて、自宅周辺における消費の増大という新たな需要が生まれました。逆に自宅外での消費の減少という需要の低下も生じています。
中小企業等が厳しい環境下で生き延び成長していくためには、こうした消費者の意識変化に伴う需要の変化を素早く捉え、事業に取り込む行動が求められているのです。
①事例:巣籠もり需要に着目し、事業者向け製品を改善し家庭用販売に進出した企業(2021年度版小規模企業白書 事例2-1-8)
●企業概要
企業名:有限会社砂原石材
所在地:岐阜県飛騨市
事業内容:骨材・石工品等製造業
●新たな取組に至る背景
・砂原石材社は、墓石等の石材加工を営む企業で、建築石材や造園・土木工事、溶岩プレートの焼肉用調理器具の製造販売も行っている
・「飛騨溶岩プレート」は地元の旅館や高級焼き肉店などに販売してたが、新型コロナの流行に伴う旅館や飲食店の営業自粛等の影響により新規注文は途絶えた。また、本業の墓石関連の売上が前年同期比で4割まで低下する
●新たな取組の内容
・社長の砂原吉浩氏は、外出自粛による「巣籠もり需要」に着目し、家庭用「飛騨溶岩プレート」開発を進めた
・開発の際に、多様な消費者ニーズに対応するため従業員からも意見を募り、1人用や屋外バーベキュー用など、6種類のタイプを開発
・販売では自社ECサイトのほか、楽天市場やアマゾン、ヤフーショッピングなどのECモールにも出店した
・注文は増加したが、納期の長さや顧客対応に問題があったため、納品チェック項目の基準づくりや従業員への教育などを行い、迅速な受注体制を整えた
・購入者からの意見等に耳を傾け、丁寧な梱包や分かりやすい説明書など消費者対応の充実を図る
●改善の取組効果
・家庭用溶岩プレートの主要製品は6~8千円と高価格帯だが、楽天市場では2020年5月に月間600枚の販売を記録し、丁寧な対応から月間優良店舗にも選出された
・緊急事態宣言解除後、業務用販売の売上が回復しつつあるが、家庭用の売上は全体の13%にもなった
・「飛騨溶岩プレート」の海外進出を準備中
●取り組みの重要点
・巣ごもり需要という新たなニーズへの対応
⇒突発のリスク発生は事業上の脅威となるほか機会にもなり得ますが、今回は巣ごもり需要という新たなニーズが発生しました。リスクの影響を軽減する方策だけでなく、新しいビジネス機会を発見し業績の維持やさらなる成長へとつなげる経営は重要です。
・新ビジネスへの業務体制の変更
⇒既存事業では事業者向ビジネスの業態を営んできましたが、新ビジネスでは消費者向ビジネスの業態であるため、消費者に合わせた業務対応が必要となりました。同社は消費者向けの生産・販売のシステムを適切に整備して実践し事業を成功させています。
5-2 財務管理に対する認識と対応
資金は企業活動の源泉であり他の資源の取得・維持にもかかわる最重要資源です。そのため企業には資金の流出入を適切管理にすることが要求され、財務管理に注力しなければなりません。
また、資金をある程度確保できていも適切に運用できなければ問題を発生させることになるため、財務管理を適切に実施し問題が未然に防ぐことが重要です。仮に問題が発生しても財務データを利用して分析すれば原因を特定し解決することも容易になります。
財務データを中心とした経営分析を行えば、企業全体や各事業の経営状況を把握しやすくなり、事業を健全な状態に保ち倒産リスクを低減できるのです。
これまでに確認した通り、企業の財務基盤の強化がパンデミックのような危機への耐性を高めるため、経営者は普段から財務管理の重要性を認識し分析した情報を経営にフィードバックする仕組みを作り運用することが求められます。
なお、経営者は担当者や外部の税理士などに財務管理を任せるだけでなく、財務会計に関する基本的な知識と経営分析手法を身につけ積極的に関与することも必要です。
5-3 デジタル化のメリットの認識と対応
情報を制する経営が企業の発展・成長をもたらすため、業務のデジタル化の推進は今後の企業活動のコアに組み込まねばなりせん。
財務データの分析・活用で企業全体や各事業の経営状態や問題点を発見することが可能ですが、販売や生産等の各業務においても活動データを分析すれば改善点を掴めるほか、新しいニーズの発見や開拓の可能性などが探れます。
つまり、各種の情報を各業務に活かせるデジタル化を経営に取入れば、財務リスクの抑制、販売・生産の改善や強化、各種業務の効率化、新事業の開発、などを高度な水準で進められるのです。
以前からも情報を経営に活かすことは重要とされてきました。しかし、多種多様で大量かつ高速で流通する現代の情報をいかに迅速かつ的確に活用できるかが今のビジネスに求められています。突発的なリスクの生じやすい現代の経営環境で生き抜くためには事業・業務でのデジタル化は避けて通れません。
5-4 M&Aの重要性の認識と活用
M&Aには多くのメリットがあり、上手く利用すればパンデミックのような危機への耐性を高める有効な手段になり得ます。
M&Aの主要なメリットは、不足する経営資源を迅速に確保できる、急速に新事業を展開できる、などです。これらのメリットは危機に直面した際の、業態を変更する、新製品を開発する、新販路を開拓するという場合に役立ちます。
6 まとめ
M&Aの実現には一定の時間を要するほか、適した売手・買手を見つけるのも簡単ではありません。しかし、M&Aの有効性を認識して早めに検討を進め支援機関等を利用すれば、必要な時期に効果的なM&Aを実現することも可能です。
既存事業の改革や新事業開発の推進などのためにM&Aを模索していれば、企業の発展や経営資源の承継に役立つほか、突発的な危機への対応力を増すことにも繋がるでしょう。